罪の意識




 いずれにしろ安住の地がなくなるという事態は避けられない。そうならないために重刑が科せられるわけなのだが—— 。


「…… そう、私は確かにマテリアルを持ち出してきた。—— でもそれは私のためにやってることじゃない! そもそも、重税を課しておいて払えなくなったら追放する国が悪いんじゃない! それが無ければ村に住むしかない人なんて出なかった!」

「—— そんな言い訳が通用するわけないだろ」


 重税を課されても生活している人間はいる。

 それが自分には出来ないからと言って、その責任から逃げるのは勝手だが、逃げた先にあるものが死しかなかったとしても自己責任だ。

 それを国のせいにするのは間違っている。責任から逃げた挙句、死にそうになったら何かのせいにするのは自業自得だ。


「あっそう! だったら何? 私のことを報告する? 好きにすれば ?私は回復魔法の使い手よ‼ 自分の利益しか見えてない上の連中に私は殺せない‼」

「———— シラ先生…… 」


 激昂しているシラに同じ勢いで言い返そうとしたが、消え入りそうな子供の声でふと我に返った。俺が言いたいのは、バレなければ問題ないということじゃない。


「チッ…… 俺は別にアンタらを告発するつもりは無い、好きにしろ。—— だが、それが出来なくなったから今回、村が襲われたんだろ。アンタらのやってることは問題の先送りだ。それを知ってようが知らなかろうが、アンタらが決めたことに人の手を借りようとするな」


 言い切ってシラの方を見る。そうして一瞬、シラの目元が月明かりを反射して光った。 —— いつの間にか泣いていたらしい。

 少しの罪悪感を感じなくもないが、泣くようなら最初からやらなければいい話だ。


 他の奴らと同じように、口で可哀想と言いながら自分が生き残るために必死に行動してればいい。誰もそれを責めやしないのだから。


「…… じゃあッ———— じゃあ、どうすればいいのよ…… ッ!」

「———— 俺が知るわけないだろ…… そんなこと」


 —— そう、知らないんだ。

 家族が魔物に殺されたあの日、俺は何をすることもなくただ眺めていただけだった。同じように村に住んでいたことのある俺ですら…… 何も。

 それなのにシラが分かるはずもない。


 そうして重い空気の中、言葉を探す俺を突然、子供が蹴りだした。


「おい、ガキ。何のつもりだ」

「う、うるさい!おまえがシラ先生を泣かせたからだろ!シラ先生は勇者なんだ!

 村のみんなも言ってた! 『多くの人が見捨てる私たちを助けてくれる勇者だ』って! そんなシラ先生を泣かせたお前は悪者だろ!」


 ただの子供の戯言—— たったそれだけのことが、突然蹴られてもなんとも思わなかった俺を怒らせた。


 原因は分かっている。ムカつくからだ。

 —— 何もせずに口だけ立派なことを言うだけの奴が。


 だから俺は—— 既に魔物にやられてボロボロになっている子供の服の胸座を掴んで、顔の高さまで持ち上げた。


「や、やめろ…… !はなせよ!」

「——俺は悪者なんだろ? だったらお前は殺されても仕方ないよな」


 そう言って片手で剣を抜き放ち、子供の顔の前にあてがう。


「——やめて、リタを放して‼ 相手はまだ子どもでしょ⁉ 何をそんなに怒ってるわけ⁉」


 傍から見れば凶行にしか見えないだろう俺の行動に、シラが悲鳴を上げた。

 だが、俺はその声を無視して青ざめた顔の子供に話しかける。


「死にたくなかったら自力で逃げ出して見せろ。出来なきゃ死ぬぞ」

「—— う、くっ…… こ、のぉッ!」


 俺の言葉に子供が暴れ始めるが、俺は力を緩めることなく子供をさらに持ち上げた。


「おい、ガキ。あの女にとっての悪が何だか教えてやる。——お前らなんだよ。他人の施しを当てにして、自力で生きていこうとしないクズ共が。お前の言う「先生」が罪人になったのは他でもない —— お前のせいだろうが」

「ち、ちがう! お父さんも村のみんなもクズなんかじゃない! クズなのはお前の方だ!」

「クズじゃない? ならお前らは、あの女に何か返したか? 勇者だなんだと担ぎ上げるだけで何もしてないだろ。…… ふざけるなよ。ただ口をあけて助けてもらえることを待ってるだけの人間なんか要らねぇんだ。自分の環境を嘆くだけで立ち向かうこともせずに、いざ死んだら『助けてもらえなかったから』だと? そんなクズを助ける奴なんかいねぇ!」


 —— 一瞬、場が静まり返った。直後に子供の大泣き。ほとんど俺のせいではあるが、夜更けの公園とは思えないほど騒がしい。


 ——そんな喧騒に、何事かとギャラリーが増えるのも当然だった。

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