マテリアル
「教会に追われている—— ? そんな嘘が俺に通じると思ってんのか?」
——再び並んでベンチに腰を下ろし、シラが秘密とやらを話し終わった後で。
その内容の胡散臭さに、今言われたことが本当なのかを疑った。
「ちょ—— ッ!声が大きいってば!誰かに聞かれたらどうすんの?」
「誰も信じやしないだろ。こんな馬鹿げた話」
シラの話は、ただの身の上話だった。
なんでも、騎士学園の学園医になるまでは教会に居たらしく、若くしてその才能を買われていたらしい。
—— ついさっき見た回復魔法の才能を。
最初は才能を褒められることが嬉しかったが、次第に周りの態度に辟易して教会を抜け出した。それがシラの秘密ということらしい。
言ってしまえば、ただそれだけのことなのだ。秘密でも何でもない。
「だいたい…… いくら回復魔法の使い手が貴重とはいえ、アンタ以外に回復魔法を使える奴だっているだろ。その話が本当だとして、なんで教会はアンタに執着するんだよ」
「それは—— 言えない…… 」
「———— チッ」
言えない、ということはつまり、話したくないということだろう。自分に関係のある話を知らないわけがない。
初対面の時に感じた違和感。それが今になってより強くなった。
—— この女は肝心なことを隠している気がする。
さっきの質問に答えなかったのもそうだが、教会に追われているという話を俺にして、一体何がどうなるというのか。さらに言えば、俺とこの女の接点は無い。
完全な、いきなりの出会い方だ。
それなのに、やたらと俺に突っかかってくることも気になる。
そう思ってなんとなく周囲を見渡した時、未だ寝たままの子供の姿が目に入った。
「…… なぁ、そのガキは結局なんでケガ負ってたんだよ」
「へ? あー、リタのこと? ———— リタはね…… 外に住んでいる子なの。だから多分、王都に来ようとした時に魔物に襲われたんだと思う」
「—— 外に?外は魔物の巣窟だろ。そんなところに人間が住めるわけがない」
「…… きみは知らないと思うけど、この国には王都や主要都市以外にも小さな村がいくつか点在してるの。そして、リタの家は王都近くの村にあるってわけ」
——王都や主要都市の領土外に村があるのは知っている。なにしろ俺もそこで生まれたわけで、知らないわけじゃない。村と呼ぶには少し大きかった記憶があるが。
だが、俺が生まれた村は魔物に襲撃されて壊滅した。当然でしかない。
魔物の巣窟に、何も対策することなく居住区を作ろうものなら瞬く間に壊滅する。
むしろ、村と呼ぶには大きすぎると思えるくらい、発展するほどの時間があったのが奇跡だ。
「それは知っている—— が、俺が言いたいのはそこじゃない。なんで壊滅しないで残ってるのか聞きたいんだ」
「それは…… これのおかげ」
そう言ってシラが小さな円柱状になっている物を取り出した。
「—— 口紅か?」
「ちょっ!笑わせないでよ。これは口紅じゃなくてライターだから。…… ちょっと見てて」
シラがライターと呼んだ物の蓋を外し、露わになった一回り小さい筒に息を吹きかけた。
すると、小気味いい破裂音と共にライターの先端に火がともる。
「今はただの火だけど、この中にマテリアルを入れれば魔物除けの火の出来上がり。—— って、流石にライター一つじゃ村全体はカバーできないけど、マテリアルで作った柵とかで村を囲めば、魔物は嫌がって逃げてくから」
ライターに灯った火を消しながら「王都の周囲にある街灯もマテリアル製だよ」と説明するシラに、俺は疑問を抱かずにはいられなかった。
「確かにマテリアル製の柵で囲えば魔物の襲撃は減る…… が、その村はどうやってマテリアルを入手してんだよ。金のない村が簡単に買えるような代物じゃないぞ」
マテリアルについて詳しくは知らないが、そんな俺でも知っているほどに希少な代物だ。それ故に高価でもある。
孤児院にいた頃に聞いた話じゃ、一部の地域でしか生成されないとまで言われていた。
だから、マテリアルが生産されるとまず国が買い取り、その後のおこぼれのような残り僅かなマテリアルが市場に流される。それを定期的に入手するなどまず不可能だ。
「…… マテリアルで作られたものを盗んでるの」
ふとシラが放った一言に俺は固まった。
「盗んでるって…… 盗むにしたって簡単に盗めるようなものじゃないだろ! 大体、一度使用されたマテリアルを盗んだって—— 」
効果がない—— と言おうとして止めた。シラだってそんなことは知っているだろう。
それに、シラが盗んでいる訳じゃないのだから、シラに言ったところで意味はない。
「…… そ。だからマテリアルの効果がなくなった瞬間、村の人たちは魔物に襲撃される。どんどん村の数は減っていくってわけ。—— でも、それと同じくらい新しく村が出来ていくから無くならない。—— 何でだと思う?」
なんで—— その答えは分からない。
だが、マテリアルを盗んでいるあたり自分たちで望んだことではないのだろう。
「———— 」
——一際眼を鋭く光らせて聞いてくるシラに、俺は何も返せなかった。
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