血まみれの子供




 ——ただ一方的に、災害のように襲い掛かってくる魔物から身を守るには、魔物より強くなるしかない。

 覚悟すらない雑魚がいくら協力しようと、何も守れないんだ。


 災害というのは畳みかけるように連続して降りかかるものであり—— 大抵自分一人しかいない時に起こる。

 そして、そういう時ほど自分にとって大切なものを失うものだ。

 それが嫌なら強くなるしかない。

 ——その元凶を断ち切れるほどに強くなるしか。


 大した力もないくせに「守る」とぬかす奴も、騎士になることで自分は安全な場所に居られると思っている奴らも、騎士になるべきじゃない。


「——そんな奴らと協力して魔物と戦うつもりなんてない。それをするくらいなら俺一人で魔物と戦った方が遥かに効率的だ」

「……………… 」


 シラが押し黙ったことで沈黙が流れる。何か言いたげな目で俺のことを見てくるが何も言ってこない。


 —— 戻るか。


 そう思い立って、ベンチに立てかけておいた剣を持ち立ち上がる—— 。と、空腹からか軽い眩暈に少しよろめいた。

 そういえば、昼が過ぎたというのにまだ飯を食べていない。寮に戻る道の途中で何か適当に買うか。


 頭は既に、だいぶ遅い昼食のことでいっぱいになりながらも、最後にシラをもう一度見る。

 相変わらず何か言いたげな表情をしているが、言葉にするのを待ってやる筋合いはない。それよりも空腹を満たす方が優先事項だ。


「—— じゃあな」


 偶然とはいえ俺の迷いが晴れたのはシラのおかげでもあるだろう—— ほんのわずかだが。

 そんな少しの感謝を込めて一応別れを告げ、寮へと歩き出した。

 意識しなければ全く気にならないのだが、一度空腹だと感じてしまうと途端にそれしか考えられなくなる。

 だから俺は、自分に向かって走ってくる存在にも、その存在が血まみれになっている事にも気づかないまま、果実が潰れたような嫌な音と共にぶつかった。


「—— は?」


 体が何かとぶつかった衝撃に視線を下に下ろす。そうして視線の先に映ったのは今にも死にそうなほど、出血している子供の姿だった。


   ◇


「—— え、リタ⁉」


 さっきまでベンチに座っていた筈のシラが子供の姿を見た瞬間、状況が理解できていない俺を押しのけて子供に駆け寄る。

 名前を叫んでいたことから察するに知り合いだろう。


「ちょっとリタ! 返事してよ!」


 シラに抱きかかえられた子供はかなりの重傷を負っている。

 切り刻まれたかのような切り傷が無数にあり、来ている服もほとんど原形を留めていない。

 ——おまけに頭から出血しているのだろう。顔の半分が血で真っ赤に染まっていた。


「魔物にやられたような傷だな。すぐに手当てしないと死ぬぞ」

「私は医者よ⁉ そんなの見ればすぐに分かる—— けど…… ッ!」


 そう言ってすぐにシラは唇を嚙んだ。—— まぁ、当然と言えば当然の反応だろう。

 医者とはいえ、専用の道具が無かったら傷を治すのは難しい。ましてや、こんな重傷を負った子供の治療など困難極まる。


 だが、今俺たちのいる場所は噴水くらいしかない公園だ。仮にこの状況から病室に運んでも間に合わないだろう。残念だがこの子供の命は助けようがない。


「…… 無数の切り傷に大量の出血…… 頭も強く打ってるな。ゴブリンにでもやられたか? …… いや、ゴブリンが王都に侵入したなんて話は聞いてない」


 子供を抱えたまま、ぶつぶつと何かを呟いているシラに構わず子供の容体を探る。

 大人より体力が低い子供が、こんな重傷を負いながら長距離を移動したとは考えにくい。だとしたら王都の中で襲撃されたと見るべきだが、魔物が王都に侵入したら警報が鳴るはず。

 しかし警報は鳴っていない。


 聞き逃したという線も考えられない—— となれば魔物に襲われたとは考えにくいのだが。


 傷口を見る限り、ゴブリンに襲われて死んでいった奴とほとんど同じだ。

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