第6話 いざソレントへ
部屋の中だけで過ごす一日というのは何とも退屈であるため、シンは長い間少女のおしゃべりに付き合わされることとなった。もちろん大まかな予定についての話もいくらかしたが、少女のおしゃべりはその4,5倍ほど続いた。
話していく内にシンも少女のことをより深く知ることが出来た。
まず彼女の名前はアメリアだということ。一応依頼の書類に記載はされていたのだが、重要度が低かったためにシンは見落としていた。今回の旅の都合上本名で呼び合うことは発見のリスクを上げてしまうため、便宜上イタリアにいるうちはカリーナと呼ぶこととした。アメリアも父親を思い出さずに済むと偽名にはとても乗り気だった。
そして何よりシンを驚かせたのはアメリアがシンの想定以上に語学が堪能であったこと。EU加盟国のほとんどが締結しているシェンゲン協定によって国境検査の撤廃や統一ビザの発給などが定められているため、ヨーロッパでは近隣諸国との距離感が非常に近く第二外国語までを義務教育課程に組み込んでいる国も少なくない。
そんな中、アメリアは母国語のイタリア語と義務教育で学んだ英語、フランス語、そこに独学で身に付けたドイツ語とポルトガル語も加えた五か国語を操れるマルチリンガルだった。
北欧を目指す今回の旅では道中の国々で馴染むことも旅をスムーズに進めるためには必要不可欠な技能であるため、最も難易度が高いであろう語学の面を心配しなくて済むということにシンは内心ほっとした。
そんなことを話しているうちにすっかり日は沈み、喋り疲れたのかアメリアは夕食のルームサービスを平らげた後、すぐさま眠りについてしまった。
(さて……と。)
完全に眠ったことを確認してシンは仕事用のスーツに着替え、アメリアを起こさないよう静かに部屋を後にした。
今朝方シンはアメリアに対して部屋から一切出るなという指示を出した。しかし当の本人であるシンはその言葉に反して部屋どころかホテルの外へと出かけてしまった。
その理由はこの度の最大の懸念点にあった。
それは圧倒的な武力の差である。シンは裏社会では言わずと知れた伝説のエージェント。一対一や二対一程度の状況であれば徒手空拳のみで敵を圧倒できるほどの戦闘能力はある。しかしそれ以上の多対一の状況で会敵したとなると武器がない限り勝利は絶望的と言える。
そのような状況でも切り抜けてきた経験はあるものの、既に多対一の構図が確定している現状でいつまでもそんな奇跡に頼るわけにはいかない。
今夜、シンは組織が管理する武器庫への侵入を試みていた。しかしただ盗むというわけにはいかない。アメリアにも話したように足取りを少しでも掴まれることはこの旅の終焉に一気に近づくことに相違ない。
すなわちシンは全く気付かれることなく武器を回収し、武器庫から撤収する必要がある。後からバレても問題のない文書の奪取任務などとは天と地ほどの差もある超高難度の任務であることは火を見るよりも明らかであろう。
(俺も俺でよくやろうと思ったよな。でもこうしなきゃいざという時やばいからなぁ……)
心の中でぼやきながらシンは武器庫のあるソレントへと向かった。
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「ボス、すみません突然。」
「……わかってる。シンの一件だろ。」
「はい。国境付近の部隊によるとそれらしき人物は見つからなかったとのことです。」
「……まぁそうだろうな。まだイタリアの中にいるのは確実だろう。海上を進んでいる様子もなかったようだしな。」
「どうしましょうか。包囲網を南下させる手もありますが……」
「いや、ひとまずこのままでいい。包囲網と言えど物理的に奴の動きを制限することは出来ない。すれ違いもありえなくはないからな。」
「了解しました。」
「あぁそれと、どっちも生け捕りって言うのはちゃんと伝わってるよな?」
「はい。作戦開始時に伝えましたから。」
「そうか、それならいい。」
「……?」
「他に用がなければ帰っていいぞ。」
「はい、失礼しました。」
部下らしき男は軽く礼をした後、執務室から出ていった。
「…………チッ、馬鹿野郎が。」
男は加えていた葉巻を灰皿へこすりつけようとしたが、既に吸い殻でいっぱいになった灰皿を見て深くため息をついた。
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