第29話 幼馴染だけは分かっている
寺花さんをライブのレッスンに送り出してから、俺は一人でマンションへと戻って来ると、マンションのエントランスに、一人の女子生徒の姿があった。
「よっ」
俺が彼女、幼馴染の有紗へ声を掛けると、有紗は壁に寄り掛かりながらスマホを弄っていた手を止めて、壁から背中を放してこちらへ向き合った。
そして、ふぅっと息を吐いてから、じとっとした目を注いでくる。
「斗真、アンタ随分大体なことしたわね」
「ナンノコト?」
「とぼけても無駄。ってか、私に嘘つく必要ないでしょ」
「それもそうか」
有紗は俺の幼馴染。
俺が有紗の思考を大体わかっているのと同じで、彼女もまた、俺の考えていることを理解できるのだ。
「何年一緒にいると思ってるの? 全くもう……」
呆れた様子で肩を竦める有紗。
「まっ、斗真が女の子に告白できる技量なんてないことぐらい、言われなくても分かるわよ」
「分かられちゃってるのはなんだか癪だけど。まあその通りだよ」
俺は教室で、寺花さんの秘密を守るため、付き合っているふりをした。
事情を知らないものからすれば、あんな行動に出れば、誰もが付き合っているのだと信じてしまうだろう。
今頃学校では、学校の『アイドル』に彼氏が出来たという噂が瞬く間に広がっているに違いない。
ただ一人、目の前に入る幼馴染を覗いては……。
「それで、これからどうするつもりなワケ?」
「どうするって言われても……」
「はぁ……ノープランだったって事ね」
「ごめん」
有紗は呆れた様子でため息を吐く。
俺は後ろ手で頭を掻くことしか出来ない。
「まったく、いつもそうやって色んな人の所に首突っ込んで、斗真は後先考えず猪突猛進過ぎるのよ」
「面目ない」
有紗がグチグチ愚痴を言ってくるのに対して、俺はヘコヘコと頭を下げて謝ることしか出来ない。
「まあでも……」
とそこで、有紗が一つ間を置き、真剣な眼差しを向けて来る。
「アンタにも本当に守りたい人が出来たのは、ちょっと複雑な気分だけどね」
「……ごめん」
「別に謝られる筋合いなくない? 誰を守ろうが、斗真の勝手だし」
自然と謝罪の言葉が口に出てしまったのは、有紗に対して負い目があるからなのだろう。
昔、彼女を守ることが出来なかったという負い目が……。
「まっ、いいけどね。どうせまたすぐに私のこと気に掛けなきゃいけなくなるから」
「……どういうことだ?」
「さっ、どういうことでしょ?」
含みある笑みを浮かべながら、有紗は後ろ手を挙げて俺の横を通り過ぎていく。
「それじゃ、私は予定があるから」
そう言って、有紗はエントランスを後にして外へと出ると、そのまま歩いて行ってしまう。
有紗のことを気に掛けなければならない出来事がすぐに起こるということに物凄く引っ掛かりを覚えたけど、俺が振り返った時にはもう既に有紗の姿はなく、詳しい話を聞くことは叶わなかった。
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