第13話 興味と不満

 席替えから三日ほどが経過したある日。

 俺はスマホを取り出して、動画配信サイトを開いていた。

 目的はもちろん、モモちゃんの配信を見るためである。

 モモちゃんのチャンネルへと飛び、アーカイブの動画をタップした。

 Bluetoothイヤホンを装着して、周りの音を遮断する。


【コンモモー! 桜の木になった桃から生まれたサキュバス。桜木モモだよー! 今日も元気に配信やってくぞー!】


 そして、動画から聞こえてきたのは、いつもと変わらぬ元気な推しの声である。

 今視聴しているのは、昨夜配信していたモモちゃんのゲーム実況のアーカイブ動画。

 昨日はバイトでリアタイ視聴できなかったため、こうして空き時間にアーカイブを視聴するのが、最近の日課となっているのだ。


「はぁ……やっぱりモモちゃんマジ天使。俺はこのために生きてる」

「大げさなんだよなぁ……」


 俺の没頭っぷりを見て、呆れたため息を吐く峻希。


「斗真にVtuberを薦めたのは間違いだったかなぁ」

「俺は感謝してるぜ。お前に薦められてなかったら、今頃モモちゃんに出会えてなかったんだからな」

「そりゃそうだけどよ……なぁ、松島も何か言ってやってくれよ」

 

 峻希は俺の隣に座る幼馴染の有紗へ助けを求めた。


「無理無理。斗真は嵌ったら泥沼まで堕ちてくから」


 スマホをポチポチと操作しながら、遠回しに諦めろと峻希に諭す有紗。


「あーあっ、幼馴染にも呆れられてるわ。もう終わったな」

「うるせぇ。ほっとけ」


 キーンンコーンカーンコーン。


 とそこで、登校時刻を告げるチャイムが鳴り、教室の前のドアから優ちゃん先生が教員簿を胸元に抱えながら入室してくる。

 俺はアーカイブを一時停止して、イヤホンを耳から外す。


「おはよう安野君」


 すると、窓際の席、つまり俺の左隣に座る寺花さんがおはようと挨拶を交わしてきた。


「おはよう寺花さん」


 俺は平常心を心がけながら返事を返す。


「さっきから熱心に何聴いてたの?」


 寺花さんは俺が机の下に隠したスマホを見ながら小声で尋ねてくる。

 どうしたものかと悩みつつ、俺はスマホの画面を寺花さんに見せた。

 映っているのは、モモちゃんの配信画面。

 それを見た瞬間、寺花さんがポッと顔を赤らめた。


「もう……バカ」

「昨日リアタイで観れなかったから見てるんだよ」

「だからって、学校で観ないでよ……」


 寺花さんは恥ずかしいのか、身体をもじもじとさせている。

 普通なら、クラスメイトが自分の配信動画を視聴していたら、身バレを危惧して焦るだろう。

 だが俺は、既に寺花さんがモモちゃんであることを知っているため、寺花さんは異なる反応を見せてくれている。

 俺だけが彼女のことを知っていて、動画を見ていたら恥ずかしがってくれるということ状況……。

 何だろう、この優越感と背徳感が入り混じった感情は……。

 踏み込んではいけない領域に足を踏み込んでしまうような、そんな感覚すら覚えてしまう。

 って、こんなことを考えてしまうこと自体気持ち悪いのだろうか?


「じゅ、授業の支障をきたさないようほどほどにね!」


 寺花さんはそう言い切ると、耐えきれなくなった様子で前を向いてしまう。

 そんな寺花さんの可愛らしい仕草を見て、ひとり菩薩のように微笑ましい様子で眺めていると――


「ねぇ斗真」


 今度は右隣から声を掛けられた。

 振り向けば、有紗が頬杖を突きながら、こちらを真剣な眼差しで見つめてきている。


「ん、どうした有紗?」

 

 俺が尋ねると、有紗は俺の手元にあるスマートフォンへ視線を移す。


「その子のこと、斗真はどれぐらい好きなワケ?」

「えっ?」

「だから、そのVtuberの子、どれぐらい好きなのかって聞いてるの」


 突然有紗から質問されて、俺は思わず間抜けな声が出てしまう。

 俺は顎に人差し指を当て、虚空を見上げてしばし黙考。

 考え考えしながら、言葉を選びながら言葉を紡ぐ。


「好きとかそう言うんじゃなくて、あくまで推しだからなぁ……。理想を見させてくれるというか。その子が頑張って成長していく姿を毎日見届けてるみたいな感じが強いかな」

「ふぅーん。じゃ、別に付き合いたいとか、そう言う恋愛感情的な願望はないんだ」

「そこまで心酔してないよ。中にはガチ恋勢って言って、本当に恋しちゃう人もいるみたいだけど、俺はあくまでファンとして推してるだけ」

「あっそ」


 そこで、有紗の興味は薄れてしまったらしい。

 話しを振って来たのに、自らぶった切り、視線を前に向けてしまう。

 有紗が俺のVtuber趣味に妙味を持つなんて、珍しいこともあるものだ。

 そんなことを思っていると、再び左隣りから熱い視線を感じる。

 ちらりと見れば、寺花さんが唇を尖らせて、不満げにこちらを見つめていた。


「寺花さん。どうしたの?」

「別に、何でもない」


 寺花さんはぷぃっと顔を背けてしまう。

 俺はどうして不機嫌そうなのか分からず、首を捻ることしか出来なかった。

 寺花さんの奥に広がる窓の外の景色はドス黒い雲が広がり、今にも雨が降り出しそうで、なんだか不吉な予感が漂っている。

 一限の授業が始まると、すぐに深々と雨が降り始めた。


 ジメジメとした湿気が嫌な空気を纏う中、事件は起こった――

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