第4話 お揃いのキーホルダー
「失礼します」
保健室の引き戸を引いて入室すると、中には誰もおらず、室内は閑散としていた。
養護教員はどこかへ外出中のようで、姿が見当たらない。
ひとまず、寺花さんをベッドに運ぶことにした。
「はい、ゆっくり降りて」
すっと腰を下ろし、寺花さんをゆっくりベッドへ降ろしてあげる。
寺花さんが身体から離れ、ようやく解放されてほっと息を吐く。
背中にはまだ、微かに温もりが残っているような気がするけど……。
俺は切り替えるようにして、寺花さんへ優しく声を掛けた。
「上履きだけ脱いで寝っ転がちゃおっか。毛布被って温まりな。俺は体温計用意してくるから」
「ありがとう……」
「お礼はいいから、寺花さんは安静にしてて」
俺は勝手に保健室の棚をガサゴソと探り、体温計と見つけ出す。
寺花さんの元へと戻って来て体温計を手渡した。
熱を測ってみると、体温は至って平熱でひとまず安心する。
恐らく、朝言っていた通り徹夜したことによる寝不足と、軽い貧血を起こしてしまったのだろう。
「きっと徹夜で寝不足なんだね。ひとまずゆっくり休んだ方がいいよ。養護教員が帰って来るまで、俺は保健室にいるからさ」
「何から何までごめんね」
「だから謝らないでいいって。困ったときはお互い様でしょ」
俺がふっと笑みを浮かべて見せると、寺花さんはちょっとだけすっと力を抜いてくれたような気がした。
「それじゃ、俺はそっちのソファにいるから。何かあったら言って」
寺花さんの寝転ぶベッドから離れようと立ち上がった時、不意に手を掴まれる。
見れば、寺花さんが俺の手を握ってきていた。
彼女の方へ視線を向けると、青白い顔で薄い笑みを浮かべてくる。
「もう少しだけ、一緒にいてくれない?」
「えっ……?」
「私が眠るまででいいから、ダメかな?」
そんなか細い声と潤んだ瞳で、懇願するように頼まれてしまったら、流石の俺も心がざわつく。
「分かった。寝るまでここにいてあげるよ」
「ありがとう」
俺が近くパイプ椅子に座ると、寺花さんはほっと安堵の息を吐いた。
その時、チャリンと何かが地面に落っこちる音が聞こえてくる。
ベッドの下を見れば、何やらポーチのようなものが落っこちていた。
どうやら、寺花さんのものらしい。
俺が拾い上げてあげると、なんとそのポーチには、俺がカギに付けているのと同じ、Vtuber桜木モモちゃんの誕生日記念グッズのキーホルダーが付いていたのだ。
「寺花さんって、モモちゃんのファンなの⁉」
俺はそのポーチを手渡しながら、つい興奮気味に寺花さんへキーホルダーのことを尋ねてしまう。
それに気づいた寺花さんが、慌てた様子で俺の手元からポーチを奪い取る。
「う、うん……まあね」
寺花さんの返事を聞いて、俺はさらに心が躍ってしまう。
「マジか! 実はさ、俺も同じヤツ持ってるんだよ! 桜木モモちゃん可愛いよねぇー!」
「そ、そうだね……安野君はどうして、桜木モモちゃんのファンになったの?」
寺花さんの質問に対して、待ってましたとばかりに、俺は饒舌に話し始める。
「モモちゃんとの出会いはそう。あれは俺がまだ高校一年生の頃だった」
「えっ、安野君?」
困惑する寺花さんをよそに、俺は懐かしくて少々苦い記憶を呼び覚ますようにして、当時のことを語り始めた。
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