隣に住む学校の『アイドル』に推しVtuberの良さを熱弁したら、中の人であることをカミングアウトしてきて、俺にだけ素の顔で懐くようになったんだが?

さばりん

第1話 学校のアイドル

 ピピピ、ピピピ、ピピピ――

 朝、俺安野斗真やすのとうまは、スマホのアラーム音で目を覚ました。


「んんっ……今何時だ?」


 まだ眠い瞼を必死に開き、枕元に置いてあるスマホで時刻を確認する。

 スマホの時刻は、朝の八時前を示していた。


「ヤベッ、寝坊したぁぁぁ!!!」


 急いで飛び起き、俺は慌てて学校へ行くための身支度を始める。

 アラームを六時半から三十分おきにセットしておいたはずなのに、まさかここまで起きないとは……。

 無意識のうちにアラームを止めて、二度寝していたのだろう。 

 自覚無って恐ろしい。

 多分だけど、昨日ロングタイムでアルバイトに入ったから、疲れが溜まっていたのだろう。


「あぁもう! どうしてこう月曜日からバタバタすることになるかな!」


 歯を磨き、寝癖を水で濡らして直してから顔を洗う。

 寝室に戻って制服に着替え、姿見でネクタイが曲がっていないかを確かめる。


「よしっ」


 ローファーを履き終え、靴箱の上に置いてある小物入れの中から、とある桃色の髪をしたキャラクターのストラップが付いた玄関の鍵を取り出す。


「いってきます」


 一度人気のない部屋の方へと振り返り、いってきますと挨拶をしてから、俺は玄関を開け放つ。


 ガチャッ。


 すると、俺が玄関を出たのとほぼ同時に、隣の部屋の扉も開け放たれる。

 中から出てきたのは、俺と同じ高校の制服を身に付けた女子生徒。

 手にはゴミ袋を持っていて、家庭的な一面が垣間見えた。

 そんな彼女は、こちらの姿に気が付くと、パッと華やかな笑顔を振りまいてくる。


「あっ、おはよう安野君!」

「お、おはよう寺花てらはなさん」


 朝から天使のような笑顔を浮かべ、元気な声挨拶をしてきた彼女の名前は寺花美月てらはなみつき

 先月からお隣さんとなった、俺と同じ高校に通うクラスメイトである。


 肩甲骨辺りまで伸びる艶のある黒髪を靡かせ、くりっとした目に綺麗な鼻筋にぷるんとした桜色の唇。

 少々小柄な体型ながらも均整がとれており、身体のラインが制服越しからでもよくわかる。

 透明感あふれる白い肌はきめ細やかで、相当な手入れをしていることが窺えた。

 そして何より、きらきらと輝くような笑顔は、俺の朝をさらに彩らせてくれるには十分過ぎるほどに眩しい。


「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」


 寺花さんはこてんと首を傾げ、不思議な様子でこちらを見つめてくる。

 どうやら、無意識のうちに見入ってしまっていたらしい。


「ううん、何でもないよ。それ持つよ!」


 俺は誤魔化すように寺花さんの元へと寄って行き、手元に持っていたゴミ袋をひったくる。


「えっ、いいよこれぐらい」

「下まで運ぶの大変でしょ? これぐらいは任せて」

「あ、ありがとう……」

 

 寺花さんは少々頬を赤らめながら、ぺこりとお辞儀をしてお礼の言葉を述べた。


「それじゃあ、行こっか……!」

「うん」

 

 彼女の健気な姿勢と可愛さに耐え切れず、俺は寺花さんを促してマンションの廊下を歩いていく。

 寺花さんは、四月に俺が通う高校へ転校してたばかりなのだが、その美貌と愛嬌も相まって、すぐに学校中で噂になった。

 新学期が始まって数週間しか経っていないのに、彼女にアプローチを掛ける男子生徒が後を絶たないのだとか。

 そんな人気に拍車がかかり、今では『学校のアイドル』と呼ばれている。


 一階まで降りて、ゴミ集積場にゴミ袋を投げ入れ、手についた埃を払う。


「ありがとね、運んでもらっちゃって」

「いいよ、これぐらい気にしないで」


 俺は鞄を肩に背負い、寺花さんが先に歩き始めるのを待っていた。


「学校行かないの?」

「い、行くよ!」


 俺が歩き始めると、寺花さんが隣に並んできた。


「えっ……?」

「ん、どうしたの?」

「いやっ、一緒に行くの?」

「ダメなの?」

「ダメではないよ」

「じゃあほら、早く行こ。学校遅刻しちゃう!」

「う、うん……」


 今度は寺花さんに促されて、二人並んで学校へと向かう。

 こうしてたまたま玄関先で鉢合わせた際、彼女はいつも一緒に登校してくれるのだ。

 学校のアイドルの隣を歩けるのは嬉しいけど、俺なんかでいいのかなと思ってしまう。


「ふわぁっ……」


 すると、寺花さんが口元を手で抑えながら、可愛らしい欠伸をした。

 俺が見ていたことに気付いて、ポッと恥ずかしそうに頬を染める寺花さん。


「み、見てた?」

「ごめん、偶然見えちゃった。もしかして寝不足?」

「うん……実は昨日寝てないんだ」

「えっ、徹夜ってこと⁉」 


 コクリと頷く寺花さん。

 何があったのかは知らないけど、徹夜なんて身体に悪いだろうに。


「大丈夫だよ。ちゃんと家に帰って寝るから!」

「まあ、あんまり無理はしないでね?」

「うん、ありがと!」


 そう言って、彼女はまたにこりと貼り付けたような笑みを浮かべる。

 彼女なりに気を使っているのかもしれないが、俺にはその笑みがどうも無理をしているように見えてしまう。

 

「別に無理する必要ないのに……」

「ん? 何か言った?」

「いや、何でもないよ」


 まあ、彼女がそうしたいというのなら、俺にどうこう止める権利はない。

 ただ見守ることしか出来ないという歯がゆさだけが、俺の心の中にモヤモヤとして残る。


 気を張り詰め過ぎて、体調を悪くしきゃいいけど……。

 そんな俺の心配が杞憂に終わればと願いつつ、二人並んで学校へと登校していく。


 案の定、寺花さんと一緒に学校へ向かっていると、男子生徒から冷ややかな視線を向けられた。

 アイツ、なんで寺花さんなんかと一緒に登校してるんだよ。

 そんな圧をひしひしと感じる。

 まあ、自分でもそう思う。


 だって、俺の本来の姿は――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る