第79話 平穏こそ至上である

 退屈な人生ほど素晴らしいものはない。

 聞こえは悪いが、それはつまり平穏ということだ。

 実に良いことじゃないか。

 高望みして失敗するより、無難に生きていく方が気楽である。


 私はつまらない人間だと周りは言う。

 それで構わないと思っている。

 世の中、安定がすべてだ。

 リスクを冒して幸福を手にすることより、不幸を避けるべきだろう。

 波風立てずに済ませることが何よりの幸せだと私は感じる。


 学生の頃、私は目立たない生徒だった。

 どこのグループにも所属しており、交友関係は広いが浅かった。

 勉強の成績は中の中。

 運動も平均くらいで活躍することはまずなかった。

 何度か委員会に参加してクラスの役には立てたと思う。


 失敗したくないから受験は安全圏しか狙わなかった。

 私の成績ならまず落ちないであろう学校を選んだ。

 おかげで大した努力をせずに高校も大学も合格できた。

 とにかく苦労を避けて、気楽な進路を心がけた。


 少し不安だった就職も上手くいった。

 良くも悪くも普通の職場だ。

 一人暮らしで困らない程度の給料と、趣味のゲームを満喫できるくらいの休みがある。

 色々と不景気だったり、ブラック企業がどうとか言っている世の中だから、むしろ当たりの部類ではないか。

 少なくとも私はしっかりと満足している。


 結婚願望はない。

 子供も欲しいとは思わない。

 ずっと孤独に暮らせばいいじゃないか。

 たまに遊びに出かけるような友人だっている。

 心の安穏を考えれば、家族を作るのはリスキーだろう。

 だから一人でいい。


 このまま私はひっそりと老い、そして死んでゆく。

 振り返るほどの過去もなく、誰かに惜しまれることもなく生涯を終えるのだ。

 それについて不満はない。

 子供の頃から望んできたことだ。

 完璧な人生設計と言えよう。


 しかし、違和感を覚えることがある。

 私は何か忘れているのではないか……漠然とした予感が過ぎるのだ。

 放っておけばすぐ気にならなくなる、だけど何度も何度もぶり返してくる。


 私の人生において、唯一のしこりがそれだった。

 たぶん大切なことなのだ。

 本音を言うなら、さっさと完全に忘れてしまいたい。

 そして二度と思い出したくない。

 私の平穏に陰りを与えないでほしい。


 ところが、違和感は不意に訪れる。

 時も場所も選ばずに、ふとした瞬間に姿を見せる。

 違和感はだんだんと大きくなっている気がした。

 それが何よりも恐ろしい。


「あたしは何を忘れたんだろう」











 ……あたし?

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