第5話大迷惑②
何故、彼等はたったの三年で解散してしまったのだろう。売れなかったのなら、分かる。しかし、そうでは無いのだ。バンドの解散理由によくある、音楽性の相違という事なのだろうか?それともメンバー間の確執?どのサイトでも、トリケラトプスの解散に関連する記事は《何故》《謎》《不明》という単語で締め括られているものばかりだった。
ある記事には、その短い活動期間故にトリケラトプスは単なる人気バンドから、伝説的なロックバンドとしての地位にまで登りつめたのだとも書かれていた。結局、本当の理由はパソコンでは調べられなかったが、もしかしたら、本田ならその理由を知っているかもしれないと陽子は思った。特番のゲスト出演が決まっているという事は、本田は既にトリケラトプスとの出演交渉を済ませているという事なのだろう………その時に、そんな話もしているかもしれない。明日、局に行ったら本田にその事を訊いてみよう。と、陽子は思った。
「それから、明日になったらトリケラトプスの他のアルバムもCDに焼いてもらおう。できたら、ライブ映像なんかもあれば最高なんだけど……」
明日、仕事に行く楽しみがひとつ出来た。と、顔を綻ばせて見せる陽子。
この時の陽子にはまだ、翌日に彼女の身にとんでもない災難が降り注ぐ事など、想像出来るはずも無かった。
* * *
2月17日………
「陽子、CDどうだった?」
最初に声を掛けて来たのは、本田の方からだった。その本田に、陽子は満面の笑みで元気よく答えた。
「はい!サイコーです!サイコー過ぎて感動しちゃいました!」
陽子の答えに、そうだろうと言わんばかりに得意気に頬を弛ませる本田。
「それで、他のアルバムも聴いてみたいんですけど、本田さん持ってますか?」
「ああ、またCDに焼いて持って来てやるよ」
「やったあーーっ!ありがとうございます!」
まずは最初の目的を果たし、陽子は満足気に喜んだ。そして、トリケラトプス話題のついでに、気になっていた例の質問を本田にぶつけてみた。
「そうそう、本田さん。昨日ネットでトリケラトプスの事色々と調べてみたんですけど、彼等ってどうしてたった三年で解散しちゃったんですか?」
そう質問し、本田の顔を見つめる陽子だったが、それに対する本田の答えは、陽子の期待していたものとは違っていた。
「それが、分からないんだよ。メディアに対しては、突然『トリケラトプスは本日をもって解散する』ってFAXが一枚届いただけで、その理由は今だに不明なんだ………」
本田は、腕組みをしながら真面目な顔でそう答えた。
「そうなんですか………本田さん、その事について出演交渉の時、訊いたりはしなかったんですか?」
再び陽子が質問をした時、本田は陽子が思ってもいない言葉を口にした。
「出演交渉?なんだそりゃ?」
陽子の質問に、本田は怪訝な顔つきで逆に質問してきた。
「ええ――――――っ!出演交渉まだしてないんですかあ――っ!」
「ああ、出演交渉はまだしてない」
「だって昨日の口ぶりじゃあ、特番のスペシャルゲストはトリケラトプスで決定みたいな話だったじゃないですか!」
「そうだ、トリケラトプスのスペシャルゲストは決定だ。これは、局長の意向でもある」
本田の言葉に、陽子は唖然とした表情で彼を見た。出演交渉もしていないのに、スペシャルゲストも無いもんだ。そんな事を平然と言い切る本田の頭の中を見てみたいと、陽子は思った。
しかも、それだけでは無かった。
「まぁ、当日まであと6ヶ月もあるんだ。陽子君、君なら出来るよ!」
「は?………」
気がつくと、本田の右手が陽子の左肩に乗っていた。
「今、何て言いました?」
「トリケラトプスの出演交渉、頑張ってくれたまえ!」
「ちょ……ちょっと、ちょっと、ちょっと待って下さ――い!なんで私なんですかあ――っ!」
慌てる陽子に対して、本田は正反対の冷静な表情で答える。
「俺は、とっても忙しい。スタジオは空けられないし、他の出演者との交渉もある」
「私だって忙しいですよ!」
「心配するな。お前の仕事は他の者にフォローさせる」
「それにしたって、どうして私なんですかあ――っ!」
「トリケラトプス、サイコーなんだろ?」
本田が陽子にCDを聴かせた訳、それがようやく彼女にも理解出来た。
最初から、これが狙いだったのだ。直属の上司の命令。しかも局長の意向………こうなると、陽子にはもう選択肢はひとつしか無い。
「わかりましたよ………やればいいんでしょ、やれば!」
「そうだ。素直でよろしい」
本田は、満足そうに頷くと、陽子に背を向け、出口へと歩いて行った。
その本田の背中に向かって、陽子が思いきり憎らしい顔を作ってアカンベーをした
瞬間。
「あ、そうだ」
いきなり立ち止まった本田に、陽子は心臓が止まるかと思った。
そんな陽子に、本田は更にこう付け足す。
「解散後、彼等の足どりは全く不明だ。まずは彼等の消息をつきとめて欲しい」
本田の鬼のようなムチャぶりに、陽子は目眩をおこして倒れそうになった。
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