作戦会議

 栗宮院家も栗鳥院家も仲は良いはずなのだ。栗鳥院松之助が栗宮院うまな中将を一方的に敵視しているという事がきっかけで始まった“マーちゃん中尉試練の七番勝負”である。

 入隊希望試験において圧倒的な強さを見せるイザー二等兵の人気は凄いものの、エキシビションマッチを含めて似たような展開になりがちなため観客も一部飽きてきているという感想が出始めていた頃合いでもあった。

 おそらく、そのようなこととは関係なく栗宮院うまな中将が不在という状況を利用して栗鳥院松之助流行ってきたのだと思うのだが、イザー二等兵としてはマーちゃん中尉に一方的にやられてしまうという事に対するストレスも溜まってきていたので気分転換をするにもいい機会だと思って受け入れたと思われる。


「マーちゃんが凄い人だってみんな思い始めてるところだと思うんだけど、その思いを確信に変えるいいチャンスだよ。見てる人だけじゃなく、見ていない人にもマーちゃんの凄さを知らしめる機会なんだからね。松之助みたいに勘違いしているクソガキにはその辺をしっかり分からせて教育してあげる必要があると思うんだ。梅太郎も竹千代もいい人なのに、なんであんなクソガキが同じ血を引いてるんだろうって私は思っちゃうよ。あんな奴が三番隊副隊長補佐をやってるなんてどうかしてるよね」

 と、同意を求められたマーちゃん中尉ではあったが、正直なところ栗鳥院松之助がいったいどんな人間なのか理解していないのだ。栗鳥院家が何らかの力を持っている存在だという事はわかっていても、栗鳥院家の人間が多すぎて全く把握出来ていない。マーちゃん中尉が副隊長になってから知り合った栗鳥院家の人間は松之助を含めて三十人にもなるので覚えていられないというのも仕方ないのかもしれない。ましてや、マーちゃん中尉は他の人よりも他人に興味を持っていないので覚えられるはずもないのだ。

「安心してほしいんだけど、マーちゃんが言えない分だけ私が思いをぶつけてきたからね。明日になったらマーちゃんと松之助たちの七番勝負が正式に発表になるからその時を楽しみにしててね。うまなちゃんも楽しみにしてるって言ってくれてたからね」

「何となくなんだけど、凄く嫌な予感がするんだよ。何か企んでるわけじゃないよね?」

「そんなことするわけないでしょ。それに、そんなことする理由がないでしょ。ところで、マーちゃんは何かいいものを見つけたって聞いたんだけど、それを教えてくれるつもりはないのかな?」

 良いものと言えるのかわからないがマーちゃん中尉は温泉街から少し離れた場所にある小さな祠にマリモの妖精が住んでいるのを発見していたのだった。マリモの妖精はマーちゃん中尉を見ても逃げることはないけれど、意思の疎通が出来ないのかお互いに黙って見つめあっていただけの時間を過ごしていた。そんな場所にイザー二等兵を連れて行っても大丈夫なのかと思ったマーちゃん中尉ではあったが、その事も全て知っていたうえで聞いてきているのだろうと思って素直に連れていくことにしたのだ。


「結構遠いんだね。こんなに歩くんだったら自転車とか借りてくればよかったよ。私みたいなか弱い女の子が気軽に来れるような場所じゃないね」

 マーちゃん中尉は昨日よりも道程が苛酷になっているように思えていた。温泉街から外れた小道を散歩感覚で進んでいた時にたまたま見つけた祠だったと思うのだが、昨日と同じ道を歩いているはずなのにいつの間にか草木一本も生えていない荒れた岩山になっていた。

「昨日来たときはこんな感じじゃなかったと思うんだけど、一本道だったはずなのに道を間違えちゃったかな?」

「マーちゃんは間違えてなんて無いと思うよ。おそらくだけど、私を自分のところに来させたくないって事なんじゃないかな。妖精って自分が招いた人しか自分の場所に呼ばないってのは聞いたことがあるからね。マーちゃんだけなら歓迎だけど、私も一緒だと歓迎は出来ないって事なんだと思うよ。だからって、こんな目に遭ったからって引き返すつもりなんて全くないけどね」

 一歩一歩足を進めていくイザー二等兵は半ばムキになっているようにも見えていた。自分が拒絶されているという事を受け入れたくないからなのか、マーちゃん中尉が妖精に気に入られているのが嫌だからなのか判断はつかないけれど、どんなに険しい道のりだって負けずに突き進むつもりでいるのだ。

 前を見ると諦めて帰りたくなるような道が続いているのだが、後ろを振り返るとすぐそこに温泉街が広がっていた。あれだけ歩いていたのにちっとも進んでいなかったという事に多少はショックも受けていたけれど、それ以上にこんな嫌がらせをしてくる妖精に対して溜まっていた怒りの感情が一気に爆発してしまったイザー二等兵は妖精に向かってあの時の虫を差し向けることにしたようだ。

 止めようとするマーちゃん中尉の意見を無視したイザー二等兵は妖精の気配を探りあててその方向へと虫たちを一斉に進軍させていた。前回と違うのは、虫たちの存在に気付かれないようにする必要がないという事もあって最速で最短距離を進むようにと命令している事であった。

 虫たちが進行を開始してからほんの数秒後に絶叫が温泉街まで響いていたのだけれど、妖精の声を聴くことが出来る人間は限られているので問題はなかった。

「ねえ、今の声ってマーちゃんが聞いていた妖精の声かな?」

「どうだろう。声を聴いたことがないからわからないかも」

「ふーん、そうなんだ。でもさ、今まで私に意地悪をしていたのを後悔しているみたいだよ。ほら、道も真っすぐになってるし、その先に祠も見えてるもんね」

 祠のすぐ横に黒い塊がうねうねと動いているのが目に入ったのだが、マーちゃん中尉はあえてそれを見ないようにしていた。助けを求める声と悲鳴が定期的に阿寒湖に響いていたのだけれど、誰も助けに来ることはなかったのだった。

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