覚醒は突然に
あまりにも数が多すぎてイザー二等兵の体が見えなかったはずなのに、いつの間にか虫たちの間に空間が出来ていて少しだけ肌や服が見えていた。その出来た空間を埋めるように新しい虫がやってきてはいるのだが、その虫たちも少しずつ距離をとっているので先ほどに比べるとイザー二等兵の姿はほんの少しではあるが確認することが出来ていた。
ほんの一瞬だけ見えている目は色々な場所を確認するようにキョロキョロと動いていた。だが、ルーちゃんの姿を捉えてからはじっと見つめている。ルーちゃんが場所を変えてもすぐにその場所に視線を向けていて逃すことはなかった。イザー二等兵の後ろに回り込んでいたのにもかかわらず、その視線から逃れることは出来なかったのだ。
ルーちゃんはさらに虫を追加しているはずなのだが、イザー二等兵についている虫たちはその数を徐々に減らしていた。その原因はわからないが、ルーちゃんが追加している虫たちよりも減っている虫の方が多いことだけは間違いない。イザー二等兵の顔も少しずつ見えてきているし、手も動いているように見えていた。
「ほら、私の言ったとおりでしょ。イザーちゃんがもうすぐ反撃をするって。マーちゃんはイザーちゃんの事を信じてなかったけどさ、私はずっとイザーちゃんの事を信じてたもんね」
「その言い方だと俺がイザーちゃんの事を信じてないみたいに聞こえるじゃない。俺だって信じてるし」
「あれれ、その割には試験を止めた方が良いとか言ってたような気がするんですけど。あの時に止めてたらイザーちゃんが今みたいに新しくなることもなかったと思うんだけどな」
「新しくなるってのはよくわからないけど、あの虫の集団に耐えたから逆転の目が出てきたってことだよね?」
栗宮院うまな中将は小さくため息をつくと、画面ではなくマーちゃん中尉の方に体を向けて真剣な表情を作っていた。
「逆転ってのはさ、イザーちゃんが負けてる状態があったってことになると思うんだよね。でも、私が見てた限りイザーちゃんはルーちゃんに負けてるときってなかったと思うんだ。サッカーとか野球みたいに得点でハッキリわかればいいんだけど、私が見た限りではイザーちゃんは一度もルーちゃんに主導権を握られた時なんてなかったと思うんだよね。マーちゃんの言い方だとルーちゃんがイザーちゃんよりも勝っていた時間があるってことだと思うんだけど、どの時の事を言っているのかな?」
マーちゃん中尉は真っすぐに見つめてくる栗宮院うまな中将と視線を合わせることが出来ずに目を逸らしていたのだが、それがバレないように画面に映し出されているイザー二等兵の事を見守っていた。
「俺だってイザーちゃんが負けてたなんて思ってはいないよ。でも、あんな風に体の動きを封じられた状態で虫が好き勝手してる状況を見たら一般的には負けてるって思っても仕方ないんじゃないかな。俺がそう思ってるってことじゃなくて、一般的に見たらそうなんじゃないかって言ってるだけだからね」
「そんな風に言い訳なんてしなくてもいいのにな。マーちゃんが思ったことを素直に言ってくれたら私もイザーちゃんも嫌な気持ちにならないと思うんだけどな。だから、素直に言ってくれたら大丈夫だよ」
「そんな風に言われてもさ俺だってイザーちゃんの事は信じてたし。負けるはずがないとは思ってたんだけど」
「その言い方は、負けるかもしれないって思ってたってことだよね。私たちの間に書く仕事なんてしてほしくないんだけどな。マーちゃんが素直に言ってくれたら、私もとっておきの秘密を教えてあげてもいいんだけどな」
「俺はいつだって素直だよ。ほら、イザーちゃんが何かしようとしているみたいだよ。注目してた方が良いんじゃないかな」
マーちゃん中尉はうまくごまかせたと思っているようではあるけれど栗宮院うまな中将は優しいのでそれに乗ってあげているようだ。マーちゃん中尉もその事は重々承知していて、その優しさに甘えることにしたようだ。
体についていた虫を掴んでルーちゃんに投げ返していた。その虫を優しく手で包み込むように受け取ったルーちゃんは自分の影の中へ虫を戻すと、その影となっていた虫たちを自分の右手へと集めていた。
「なんか、イザーちゃんじゃないみたいだけど、虫たちに襲われておかしくなっちゃったのかな?」
ルーちゃんの事をじっと見つめたまま動かないイザー二等兵であった。だが、ルーちゃんの動きに合わせて体の向きを変えていき、常に自分の体とルーちゃんの体が向かい合っている状況を作り出していた。
イザー二等兵は何かを確かめるように自分の右手を顔の前で閉じたり開いたりしていた。ゆっくりとした動きではあるが、確実に自分の意志で動かしているという事だけは見ている側もルーちゃんもわかってはいた。
「どうやって毒を中和したのかわからないけどさ、そんな簡単に出来ることでもないと思うんだよね。やっぱりイザーちゃんって凄いんだな。私が思ってるよりもずっとずっと凄い人だってわかってよかったよ。じゃあ、私はこの辺で失礼しちゃおうかな」
そのまま帰ろうとしているルーちゃんの隣に一瞬で移動したイザー二等兵はそのままルーちゃんの腕をつかみ、ルーちゃんの耳元に優しく囁いていた。
「ダメだよ。まだお前とおれの勝負が終わってないよ。決着をつけないで終わるなんて許されるはずがないよね。それにさ、まだおれがお前に攻撃してないってのを忘れてほしくないな」
体内に隠していた虫を一気に放出してイザー二等兵の動きを止めようとしたルーちゃんではあったが、その虫たちはイザー二等兵の体に触れることもなく地面へと落ちていって影の中へと消えていった。
「そんなんじゃ、おれの動きはもう止められないよ」
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