最初の一撃

 一向に攻撃をしないルーちゃんにしびれを切らしかけているイザー二等兵はちょっとでも動けば触れてしまうのではないかと思うくらいに接近していた。とても近い距離でイザー二等兵と対面したルーちゃんは目や口元はせわしなく動いていて動揺しているようにも見えるのだが、首から下は全く微動だにせずどっしりと構えていた。

「あのさ、あなたから攻撃してもらってもいいかな。私はあなたの攻撃を受けた後にちゃんと終わらせてあげるから。その方があなたも嬉しいでしょ?」

「とても嬉しい提案だけど、私がイザーちゃんに攻撃をしちゃったらそこで終わっちゃうと思うんだ。イザーちゃんはすごくすごい強いって知ってるんだけど、私の攻撃に耐性がないと思うから何も出来ずに終わっちゃうと思うんだよね。だから、私から攻撃をするのは止めた方が良いと思うよ。だからね、イザーちゃんが負けないためにも私の事を今すぐにでも倒しちゃった方が良いと思うんだ。ね、私に負けるよりは自分のプライドを曲げる方がマシだと思うよ。相手の攻撃を全て受け切ってから相手を叩きのめすってのはすごく強い人の戦い方だなって思うんだけど、それが通用しない相手もいるってことを理解した方が良いと思うんだ。だから、イザーちゃんは私が攻撃をする前に私を圧倒的な力で倒しちゃった方が良いと思うんだよ」

「そんなに言うんだったら私から攻撃してあげようか?」

 少し距離をあけたイザー二等兵はルーちゃんを挑発するように人差し指を真っすぐ立てながらゆっくりと左右に指を振っていた。思わずの指の動きを目で追ってしまったルーちゃんだったが、すぐに視線をイザー二等兵の方へ戻すと嬉しそうに笑っていた。

「なんてことするわけないでしょ。私があなたみたいに弱い人に対して先制攻撃なんてすることなんてありえないのよ。これはあなたを馬鹿にしているとかそういう意味じゃなくて、あなたに見せ場を作ってあげようって言う私なりの優しさなのよ」

「その優しさは嬉しいし、こういった試験では私たちみたいな受験者が全てを出し切ることが出来るようにって配慮だと思うのよ。でも、他の人にはその配慮は必要かもしれないけど、私には本当にそんなのいらないんだよ。私はね、すごくすごい強いイザーちゃんでいてほしいって思ってるんだ。だから、そんな強いイザーちゃんが私なんかに負けてほしくないって思ってるんだよ。イザーちゃんは私なんかに負けちゃダメなんだからね」


 試験開始が告げられてからずっとこの調子なのだが、実況と解説も話すことが無くなり今までの入隊希望者たちの戦いを振り返っていた。いつどのタイミングで戦いが始まってもいいように二人の様子を注意深く見守っているのだが、どれほど近付いてもお互いに挑発をしあっても攻撃が始まる様子は見られなかった。

「この状態が続くことだけは避けてもらいたいですね。イザー二等兵から攻撃を仕掛けないという自分ルールも今回ばかりは破ってもいいような気もしますね。これだけ長い時間お互いに攻撃をしないで様子をうかがっているのも疲れてしまうと思うんですよ。お互いに意地と意地の張り合いみたいになってますね」

「イザー二等兵は相手の技を全て受け切ってから反撃をして圧倒的な力の差を見せつけると言った戦いが続いているのですが、今回に限ってはその縛りを捨てて自分から攻めて終わらせてもいいと宇藤さんは思ってるという事でしょうか」

「そういう事ですね。おそらく、この映像を見ている皆さんも私と同じような意見だと思いますね」

「私もその意見に賛同する一人です。ですが、それでも自分からは攻撃をしないイザー二等兵の意志の強さを感じさせられますね」

 映像を見ているほとんどの人が解説の宇藤さんと同じ意見だったと試合後のアンケートで回答があった。それと同時に、あのような場面を見ずに済むのであればイザー二等兵には早急に試験を終わらせてもらいたかったという意見も多くあったのだった。


「イザーちゃんは何でこの状況でも自分から攻めないんだろうね」

「それがあの子の意地ってやつなのよ。まともに正面から戦えば絶対に負けない自信はあるのよ。マーちゃんみたいにバカみたいな火力を出せる攻撃を持ってるとは思えないし、何かあるような気はするんだけどそれはとても小さな力でイザーちゃんを倒すには弱すぎるような気がしているのよ。でも、イザーちゃんが自分から行動を起こせないのには理由があるのよ」

「理由って?」

「それはね、今日の占いの結果だよ。何を見てもどれを見てもことごとく運勢が最悪って言われてたからね。イザーちゃんはそんな日に自分から攻撃をするのは万が一ってこともあるんじゃないかって思ってるようなのよ。占いなんかよりも自分を信じて行動してくれればいいって思うんだけど、なかなかあの子はそういう事に気が回らないのよね。何かやって悪い結果になったらどうしようってずっと考えているって事なのよ」

「女の子って占い好きな人多いもんね。悪いことなんて出ても気にしなければいいのにな。でも、確認した全部の占いで悪いことしか言われないってのも凄いなって思うよ。そこまでいけば、逆にいいことあるんじゃないかって思っちゃうけどね」

 マーちゃん中尉と栗宮院うまな中将も何にも起こらないこの状況にやや気が緩んでいたのかもしれない。戦闘がそれほど得意ではない二人だったという事もあるのだろうが、こうしている間にもイザー二等兵にとって不利な条件が段々と整ってきているという事には気付いていなかった。

 それは、マーちゃん中尉と栗宮院うまな中将の二人だけではなく、実況と解説の二人も、テレビでこの中継を見ている人たちも、その中心にいるイザー二等兵も誰一人として気付いていなかったのだ。

 いつの間にかイザー二等兵の足元にまで伸びてきたルーちゃんの影がイザー二等兵のつま先に触れた瞬間、ルーちゃんの唯一の攻撃が始まってしまった。誰も気付かない静かな攻撃ではあったが、その攻撃に気が付いた時にはいろいろな場所から悲鳴が聞こえてきていた。

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