入隊希望実戦試験開始

 最初の入隊希望者は己の肉体を魔法で強化して戦う超実践派のやっさんであった。

 彼の経歴は他の入隊希望者とは異質であり、対魔物との戦闘経験はそれほどでもないのだが対人戦闘に限ればこの場にいる誰よりも数をこなしている。


 そんなやっさんの試験を行うのはイザー二等兵なのだ。彼女もやっさんと同じく自分の肉体を魔法で強化して戦うことを得意としているので一見互角のようにも思えるのだが、イザー二等兵はほとんど人間との戦闘を行ったことがないので対人戦闘という面で見ると多少の不安は残るのかもしれない。


「イザーちゃんって強いとは思うんだけど、あのやっさんって人に勝てるのかな?」

 何度かイザー二等兵と手合わせをしたことのあるマーちゃん中尉はこの試験が始まる前から思っていた疑問を栗宮院うまな中将にぶつけてみた。栗宮院うまな中将そんなマーちゃん中尉の心配を吹き飛ばすかのように小さくため息をつくと、いつものように冷静な口調で諭すように言葉を発した。

「大丈夫じゃないかな。それに、この試験って勝ち負けが全てじゃないからね」

 確かにそうなのだ。試験の合否判定に試合の勝敗は含まれないと大きく目立つ位置に明記されているのである。これはマーちゃん中尉が試合に負けたとしても合格者を出さないための工夫だったのだが、入隊希望者側から見れば自分の力を示すことが出来れば負けたとしても合格できる可能性があるという希望的側面もあるのであった。

「あのやっさんって人、格闘技大会で何度も優勝してるみたいだよ。そんな人とまともにやりあって大丈夫なのかな。それに、イザーちゃんの戦闘スタイルと同じだから正面からまともにやりあうって事になるんじゃないかな」

「大丈夫だって。そんなに心配しなくてもいいから。あの人がどれくらい強くてもイザーちゃんの方が強いって。どっちかっていうと、心配するなら相手の方を心配した方が良いと思うよ」


 この試験を見守る多くの者は向かい合っている両者の対格差を見てイザー二等兵が圧倒的に不利だと感じていた。公表値ではあるが、やっさんはイザー二等兵の二倍近い体重があるので攻撃面も守備面も圧倒的に分があると思うのも間違いではないだろう。それに、試験前に公表された映像の中にやっさんが強化された機械生命体を素手で破壊しているモノがあったのも印象に残ってしまっているだろう。

 対するイザー二等兵の情報を知る者はほぼいないため、小さな女の子が大きな格闘家に虐殺されてしまうのではないかと心配されていたりもするのだ。美少女であるイザー二等兵が一方的に痛めつけられてしまう姿を想像して顔を曇らせる者もいれば下卑た笑みを浮かべる者も一定数は存在していた。やっさんとの戦闘からマーちゃん中尉が逃げているという者も多く存在しているのだが、平日でもあるにもかかわらず阿寒湖温泉の宿泊施設がほぼ満室となっているのは地元としては成功と言っていいのではないだろうか。


「さっそく試験を始めるわけなんだけど、嬉しいことに今回はホテルや旅館が全て埋まったみたいなんだよ。君みたいに実績のある人がマーちゃん中尉の部隊の入隊試験を受けてくれたからこそ成しえた成果だと思うんだ。この映像を見ている多くの人はボクが君にやられるところを想像していると思うんだけど、プロとアマチュアの違いってのを見せてあげることが出来ればいいなって思ってるよ。だからさ、あんまり早く降参するのだけはやめてね」

 イザー二等兵はやっさんを挑発していたのだが、それを受けたやっさんはいたって冷静に答えを返していた。カメラを完全に意識していたイザー二等兵とは異なり真っすぐに相手から視線をそらすことのない様子からも真剣さが伝わってくる。

「試合を始める前に謝罪を二つほどさせていただく。何人合格者を出すのか知らないけど、俺がその一つの席を奪うことを許してくれ。この映像を見ている中に多くの入隊希望者もいると思うんだが、俺はお前らよりも先に試験を受けて先に合格させてもらう。そしてもう一つ、いくら試験とは言ってもあんたみたいな可憐な少女を痛めつけることを許してくれ。出来ることならすぐに楽にしてやりたいんだが、これは俺の能力を確かめる試験でもあるわけだし、持てる力を全て発揮させてもらうことになると思う。だから、あんたみたいな女の子でも俺は遠慮したりなんてしないからな」

 やっさんの発言に対して観客たちはブーイングを行っているものが多いようで、宿泊施設から遠く離れている試験会場までかすかにブーイングが届いていたのである。それを聞いたマーちゃん中尉はますますイザー二等兵が大丈夫か心配になってしまっていた。それを見ていた栗宮院うまな中将はマーちゃん中尉の頭を軽く二回ほどポンと叩くと試験開始の合図を送った。


 栗宮院うまな中将の合図を確認したやっさんは何の躊躇もなく魔力を込めた足で前蹴りをイザー二等兵の顔面へと叩き込み、それを受けて倒れたイザー二等兵の顔を左手で掴んで持ち上げるとがら空きになったボディに魔力を込めた右手で思いっきり何度も何度も殴り続けていた。

 特別医療班が待機しているとはいえやり過ぎではないかという声も上がりそうな場面ではあるが、顔を背けているマーちゃん中尉とは対照的に栗宮院うまな中将は嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「イザーちゃんがやられているのになんでそんなに嬉しそうなの?」

 今にも泣きだしてしまいそうな震えた声のマーちゃん中尉は嬉しそうな笑みを浮かべる栗宮院うまな中将の方を見ていた。とてもではないがイザー二等兵の事を直視することが出来ていない。

「そんなに心配しなくても大丈夫だ。ほら、肉眼ではわからないかもしれないからモニターを見てみろ」

 何が大丈夫なのかと思ってモニターを見てみると、掴まれて隠れているので顔は見えないのだが、隠れていないイザー二等兵の口元は栗宮院うまな中将と同じく笑みを浮かべているように見える。それに気付いている人がどれくらいいるのかわからないが、その後もやっさんは何度も何度も魔力を込めた拳を叩き込んでいたのであった。

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