第39話 魔王の生まれ変わり少女と運命を棄却する少女と、輪廻の龍に好かれた少女②

「ネクス……ネクス……」


 何誰かが呼んでいる。暗闇の中にいるネクスはその鬱陶しい声を遠ざけるように固く目を瞑った。


「ネクス……ネクス・オウス・クロエロード!」


 すると唐突に呼びかける声が大きくなった。両親に怒られた時のような、背筋にぞくりと寒気が走る。

 急いでネクスは目を覚ました。


「おはよう、珍しいな君が居眠りなんて」


 目を覚ますとそこはいつもの教室だった。リリベルは背筋を伸ばし、ミケッシュはこっそりとドラゴンの赤ん坊を愛でている。


 そして目の前には先生であるドンキホーテ


「なんで……私たち森に……」


「さてネクスが目を覚ました事だし、授業始めるぞー」


 ドンキホーテはネクスの目の前から再び教壇に移動した。ネクスは戸惑いつつも、しかし──。


(あれ……どうしたんだっけ……)


 いつのまにか中間試験の記憶もぼやけて消えていく。


「センセー何すんのー」


 ミケッシュが茶化すように言うと、ドンキホーテは頬を緩ませて言った。


「まあまずは外に出よう、ついてきてくれ」


 ─────────────


 ドンキホーテについていったネクス達三人は、学校のグラウンドや屋内の練習場などではなく、なぜか街に繰り出していた。


「いやぁ相変わらず、活気あるな!」


 露店や店が立ち並ぶ、ここ王都エポロの商業地区のひとつであるカルア区、ここはとにかく活気がある区のひとつだ。


 うまいスパゲッティ、うまいステーキ、うまいサラダと食の方面にも充実しているだけでなく、有名な勇者象や、勇者教第一教会など観光スポットも多い。


 故にここは観光客や休日の国民が遊びにくる場所である。

 明らかに授業で来る場所ではない。


「で、先生? なんで私たちはこんなとこに来たの?」


 ネクスの疑問にドンキホーテは神妙な顔をする。


「それはな……」


「それは……?」


 ネクス達三人はドンキホーテの言葉を真剣に受け止めた、自分達にたった想像も及ばないような考えがきっと先生にはあるのではないかと。


「遊ぶためさぁ!!」


 だからこそドンキホーテのその言葉に三人は拍子抜けしてしまった。


「え、遊ぶ……?」


 流石に優等生のリリベルもこれには度肝を抜かされたようだ、困惑の表情が隠しきれていない。

 それはネクスも同じだった。


「え、マジで遊んでいいの!?」


 ミケッシュをのぞいて呆気に取られる二人の感情を置いてけぼりにしてドンキホーテはいう。


「ああ! もちろ〜ん! じゃあいくぞ! いざリフレッシュじゃい!!」


 こうして先生と生徒三人は観光に繰り出していく。

 まず最初は最近流行りの食べ物である、甘味、抹茶のアイスクリームを食べ、そのまま東方の珍しいタヌキだとかいう動物を見に行った。


 存分にタヌキの可愛さを堪能したあと次は昼食だ。 昼にはネクス達は豪勢なステーキを食べた、さすがはカルア区そこそこの値段だったが四人は舌鼓をうち、店を後にする。もちろんデザートも堪能済みだ


 そして腹ごなしに美術館にネクス達は向かい、新進気鋭の画家達が描く絵画や石像を見に行った。

 どれも美しく、見たことのないような前衛的なものばかりだったが見た目が面白かった。


 そんなまさにただの観光と言った一日もすぎ日も暮れたころカルア区の公園のベンチで四人は黄昏ていた。それもこれも今日一日の思い出に浸るためだ。


「いやぁ楽しかったなぁ!」


 ドンキホーテはそう一日を締めくくる。


「じゃ! ないわよ!!」


 何だか、いい感じに締めくくられそうな今の雰囲気にネクスは水を刺した。

 今日したことは絵日記ぐらいにしかできない。果たして今日のどこが授業なのだろうか。


「あと二ヶ月で中間試験でしょ!? 何でこんなことしてんのよ!」


 ネクスの疑問と、怒りは最もだったドンキホーテのマントごと胸ぐらを掴みグラグラとドンキホーテを揺らす。


「ちょ、ネクス落ち着いて!」


「そうだよ! 先生の首取れちゃう!」


「これが! 落ち着いていられるかっての!」


 リリベルとミケッシュの制止をしかしネクスは振り払う。当のドンキホーテはネクスになされるがままだ。


「何とか言いなさいよ! 先生!」


 するとドンキホーテはニヤリと笑った。


「でも、楽しかったろ?」


「それは……」


 そうだ、とネクスの心は正直に言っている。彼女の手は自然とドンキホーテから晴れていった。


「で、でも答えになってない! 今日の授業に意味はあるの?」


「……君たちは何のために騎士になった?」


「え?」


 三人の頭に疑問符が浮かぶ。しばらく考え込んだあと、ミケッシュが先に話し出す。


「アタシは自立のためかな? 遍歴騎士の免許、取れれば色んなところで色んな職につけるし」


「なるほど、ミケッシュは立派だな! 現実的で、地に足がついている」


「そうでしょ!」と得意げに胸をはるミケッシュ。

 次におずおずと、リリベルが話す。


「僕は、その……先生みたいな騎士になりたい……から、です」


「俺みたいに? はは、すぐになれるぞ? 先生はそんな大した騎士じゃない」


 笑いながらドンキホーテは言う。


「そ、そんなことありませんよ! 卑下しないでください、先生は立派です!」


「おぉ、ありがとなリリベル!」


 じゃあ、とドンキホーテは最後にネクスを見つめる。

 最後はネクスの番だ。


「私も……リリベルと同じ、憧れの人がいる」


「……ほう」


「兄上みたいな騎士になりたいの、優しくて強くて……涙を拭ってくれるそんな騎士に……」


「なれるさ」


「知ってるそのために来たんだから」


 自信溢れるネクスにドンキホーテは笑みを溢した。


「皆んなの目標はどれも素晴らしいものだ、だからこそ覚えていてほしい今日のことを」


 三人の頭に再び疑問符が浮かんだ。


「騎士になるという事は、思いの外……綺麗な事じゃない」


 そう語るドンキホーテの横顔はどこか哀愁が漂っていた。


「魔物や人を殺したり、もしくは殺されかけたり……時に騎士は人間性を保つことが難しい状況にたたされる。だから──」


 ドンキホーテは頬をほころばせ言った。


「世界を愛せるようになってくれ。今日感じた楽しいや、可愛いとか愛おしいとか美しいとか、そういう感情を忘れないでくれ。

 世界には自分の好きなものが溢れているそれを覚えておけばきっと君たちは迷うことはない」


 ドンキホーテは公園の外に広がる街並みを見つめる。


「そして誇ってくれ君たちは、そういう素晴らしい世界を守る守護者になるんだ」


「それが今日は伝えたかったのさ」とドンキホーテは立ち上がる。


「さあ帰ろう、そろそろ抜け出したことがレヴァンス先生あたりにバレる」


「え、先生、許可とかとったんじゃないの?」


 ミケッシュの言葉にドンキホーテは苦笑で返す。生徒達三人はため息をついた。


「まあ、今帰れば大丈夫だって! じゃあ行こうぜ!」


「待って!」


 すると、ネクスが唐突にドンキホーテを呼び止める。


「なんだネクス?」


「まだ聞いてない」


「何を?」


「先生が騎士を目指した理由」


 ネクスの思いがけない質問に照れくさそうに、ドンキホーテは頬をかく。


「大したことじゃないぞ……?」


「いいから聞かせて」


 ネクスの押しに負けたのかドンキホーテはいう。


「単純さ俺は──▇▅█▇▅▇▅█▇▅▇▅█▇▅▇▅█▇▅▇▅█▇▅魔王▇▅█▇▅様▇▅█▇▅お目覚め▇▅█▇▅ください▇▅█▇▅」



 ─────────────


「素晴らしい」


 黒いローブの男は感嘆の声を漏らす。

 それもそのはずだ、目の前にまさしく求めていた存在がいる。


 長年の夢が長年の悲願が。


「ネクス!」


 リリベルの声が森に響く。

 しかしネクスには届かない。

 それもそうだ、今のネクスはネクスではなかった。


「あ、あ……あ!!」


 彼女の背中からは美しい漆黒の翼が生えていた。

 その翼はまるで夜空のように赤や白銀の星が映し出されており、まるで宇宙そのものを内包しているかのようだった。


 そんな神々しくもどこか圧倒的な威圧感を放つ彼女の姿はまさしく、一言で表すとするのならば──。


「魔王様」


 黒のローブのことば以上に当てはまるものはないだろう。

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