第34話 実力

「何を笑っている……!」


 不敵に笑うネクスに、ウラカールは若干の苛立ちと、不安を覚える。

 ネクスはウラカールのアビリティになすすべもなかった。


 だというのに、目の前で笑う少女はいかにも余裕そうな笑顔を向ける。


「癪に障る奴だ……! いいか! 一ヶ月前俺たちが負けたのはまぐれだ! 油断があったからだ! だが俺たちはもう負けない! 慢心を捨てて本気でお前らをつぶしに来たからな!」


「バカね」


 ネクスはスッと立ち上がる。スカートについた土埃を払いウラカールを睨みつける。


「アンタは負ける。一ヶ月前と同じく、私たちに」


「……言ってろ……! 勝つのは俺たちだ!」


 ウラカールの剣に青白い光が迸る。だがネクスは笑う。


「成長したのはアンタだけじゃない」 


 ─────────────


「くっ!」


 リリベルは迫り来る斬撃を自身の剣で払いながら、敵との距離を取る。


「さっさと降参しろ! リリベル!」


 目の前にいるのはウラカールの取り巻きの一人だ。身長はリリベルも高い、それだけで気圧されそうになる。


 それだけでなく剣の実力も一ヶ月前の模擬戦よりも向上している。

 それもそのはずだ、リリベルの目の前にいる少年はおそらくウラカールに次ぐ実力者のアロンスという有名な生徒だ。


 剣の実力だけならばおそらくAクラス随一、そんな実力者が目の前にいる。だからといってここで、負けるわけにはいかない。


「リリベル、正直に言おう。俺はテメェを舐めていた」


 そんな緊張に溢れるリリベルに対して、唐突にアロンスは喋り始める。


「女子二人に囲まれるイケメン、さぞかし鼻の下伸ばしたてんだろうなってよ」


 ロングソードを握りしめるアロンスは悔しさや怒りで震えながら言葉を搾り出す。


「お陰で勘違いしたぜ、軟弱者の男だってな……だが! もうそんな油断は俺にはねぇ! あの時の模擬戦みたいにいかねぇぞ!!」


 アロンスは走り出した。「くっ!」とリリベルも正眼に剣を構え迎撃の体制を取る。

 そして二人の剣が交差する。


「いいか! このパーティはなウラカール様と俺たちのリベンジを果たすために組んだパーティだ! だから──!」


 そのまま力任せにアロンスは剣に力を込めた。彼が今出せる、最大の力が彼の剣に伝わる。


(まずい!)


 リリベルの直感が危機を発する。


「負けるわけにはいかねぇんだ!!」


 ガキン、と音を立ててリリベルのロングソードが回転しながら宙を舞った。


「……! 勝った!」


 少年らしい笑みをこぼすアロンス、だがその瞬間をリリベルは見逃さなかった。


 ──勝負は最後の一瞬までわからない、だから諦めずに頑張れ!


 リリベルの脳内にドンキホーテの言葉が響く。そしてそれを追い風にリリベルはアロンスの服の袖と首元を思い切り掴む。


「うおお!!」


 リリベルはそのまま体を捻り、アロンスを背負うようにして持ち上げた。


「な!?」


 自身の意識とは予想外の方向に移動していく景色にアロンスは混乱と驚愕で体を硬直させる。

 そして硬直したアロンスをリリベルは地面に叩きつけた。


背負い投げ、ドンキホーテにいざという時に教わった東洋の体術だ。


「ごあ!!」


 その投げを喰らい、空気を肺から吐き出さられたアロンスはその弾みで自身のロングソードも手放してしまう。


「一ヶ月間で習ったのは剣術だけじゃない……!」


 そして、その言葉と共にリリベルはそっと、母の形見である短刀をアロンスの首に添えた。

 リリベルの勝ちだ。

 アロンスは自嘲気味に笑う。


「……はは……! 参ったよ……ウラカール様には申し訳ねぇな」


 その言葉を聞いて、リリベルはそっと首から短刀を離した。


「リリベル、今度は負けないからな」


 寝っ転がるアロンスはニヤリと笑いながらそう言った。


「……うん、僕も良かったらまた手合わせしたい」


 そんな時、リリベルの顔に影が落ちる。


「あぶなぁい!」


 ミケッシュの声が響いた、どうやら何かがリリベルに迫ってきているらしい、咄嗟にリリベルはサイドステップでその何かを避けた。


 幸いリリベルに何の被害もなかったが、


「グヘェ!」


 どうやら飛来物はアロンスに直撃したらしい、情けない声が彼の腹から絞り出される。


「な、なに?」


 訝しむリリベルが周りを見渡す、飛んできたのはどうやら人だ。

 確か、ミケッシュに差し向けられた取り巻きの生徒の一人だ。


「アトサック! テメェなんで飛んできた?!」


 すると飛んできたアトサック、ミケッシュに差し向けられた取り巻きの少年の一人は涙目になりながら語った。


「申し訳ありません……ウラカール様……やっぱり女の子相手に剣は振り上げられません……」


 ということは、とリリベルは視界の端に映った見知ったシルエットに視点合わせる。

 ミケッシュが困り顔で立っていた。


「えへ、勝っちった」


 リリベルの肩の力が抜けていった。


 ─────────────


「くらえぇ!」


 ウラカールの叫びが空に轟く。それに呼応するかのように電撃が宙を走った。ウラカールとネクスの戦いは終わっていない。


 一見ウラカールとネクスの戦いは一方的なものに見えた。

 遠距離攻撃である電撃の放射が可能なウラカールに対し、ネクスは何もできていない。現にネクスは電撃によって近づくことができず、防戦一方だ。


 だが、押されているはずのネクスには焦りの表情が全く出ていない、何かを見透かすように通り過ぎていく雷のその向こう、ウラカールを見つめている。


「あたれ! あたれ!」


 ウラカールのその声に従って電撃が森を迸る。その電撃は間違いなく敵意を持ってネクスに向かって向かっていくもやはり彼女には当たらない。


 信じ難いことに光の速度の攻撃をネクスは華麗に跳躍し避けていた。


「ちっ!! あたれぇ!」


 しかし、雷は直撃しない。その事実にウラカールの額に汗が滲む。


「なるほどね……」


 すると唐突にネクスはそう呟き、足を止めた。


「何のつもりだ? 的になりたいのか!? ネクス!」


 舐められていると感じ取ったウラカールは叫んだ。

 しかしネクスは表情ひとつも変えない。そして何も言わずにウラカールを睨みつけた。


 撃てば? そう言わんばかりのその余裕にウラカールの心は乱される。


(……!! その顔だ! 模擬戦の時もそうだった!!)


 ウラカールは思い起こす、初めて彼女に出会った時のことを。

 主席として格闘術、剣術、体力、膂力、戦闘の駆け引き、全てにおいて優秀、騎士になるために生まれてきた自分の前に現れた。ただの少女。


 正直、ウラカールは女子との模擬戦が決まったと聞いた時、戸惑った。

 女が騎士になりたいなどと道楽としか思えない、精々趣味の範疇を超えないような、そんな軽い気持ちでこのウラカールと戦うつもりなのかと。


 だが実際に目にしたネクスは、ウラカールの想像していたような少女とは違った。

 初めて相対した時実感したのだ。


 この少女は自分のことなど見ていない。

 この少女は自分をただの通過点としか見ていなかったのだ。


 それがウラカールには悔しかった、自分は栄光に続く長い階段の小さな段差に過ぎない。そう見られていたと思ったのだ。


 実際にそうだった、模擬戦でネクスはたったの一振りでウラカールの剣を吹き飛ばし、彼の鳩尾にサーベルの峰をぶちこんだ。


 その後はウラカールは覚えていない、ただ『そこまで!』という試合終了の合図だけが最後の記憶だった。


(あの時とは違う! 俺はあの時と違うんだ!!)


 ウラカールは全身に電気を迸らせる。迸る稲妻が全身を覆うその姿は、まさしく獅子。

 そんな彼自身のプライドが具現化したかのようなその姿を見てもネクスは至って平常を保っていた。


「お前にこれ以上この試験で一点もくれてやるものか! 今度は俺が圧倒的大差で勝利する!!」


 そして、ウラカールの全身からネクスに向かって大量の電撃の雨がネクスに飛来する。しかし──。


「……」


 ネクスはそれでも動かない。


「なにを……!?」


 困惑するウラカール。

 一歩も動かないネクスは、そのまま迫り来る電撃を見つめていた。

 刹那の閃光の後、雷は着弾する。


 しかしネクスには当たらない。


 電撃の雨は、ひとつもネクスに届くことなく地面や木に着弾する。電撃は結局ネクスに有効打を与えることなく、焦げ跡を着弾地点に残して消えていった。


「まさか……本当に……」


「動くと思った? 私が」


 狼狽えるウラカールにネクスはようやく口を開く。


「アンタのアビリティ、確かにすごい。雷も光みたいなもんだから回避が難しいし、威力もそこそこ、でも──」


 ネクスは気づいていた、このウラカールのアビリティの弱点に。


、一定の距離に近づかなければ当たらないほどに」


 ウラカールは剣を握りしめる。動揺と悔しさを握りつぶし、今の戦いに集中しようとした。


「だからアンタは最初突撃してきた、あれは多分、近接型のアビリティに思わせるフェイント兼、射程距離に入るためのものでしょう」


 全て当たっていた。


「だから騙された、アンタのアビリティは遠距離から中距離の攻撃で、完全なる飛び道具だって……でもそれも違う。

 アンタのアビリティは実質、近距離型に近い、その証拠に私がこの森の中で戦っている時に最初の一発以外当たらなかった」


「なぜか」とネクスは突きつける。


「アンタの電撃を放出するアビリティは、近くに物があったりするとそちらに電撃が吸い寄せられる。アンタは完全に電撃をコントロールできているわけじゃない」


 バレていた、それでも、なぜウラカールは接近戦を挑まなかったのか、それも明白だった。その理由を見透かすようにネクスは言った。


「だから本当は至近距離で戦わなきゃ意味ないのに、なんでアンタ、ビビってんのよ?」


 ネクスの言葉にウラカールは手に血を滲ませる。

 理由なんて単純だった怖かったからだ、また剣での戦いを挑めば、自分は果たしてネクスに勝てるのだろうか。


 ウラカールにはできなかった、ネクスに勝つ自分の姿を想像することが。


「雑魚って言ったのは取り消す。だからもっと本気できて、アンタとガチでやってみたい」


 その少女の言葉はハサミだ。プツンとウラカールの何かを切った音がした。


「……!! 舐めるなぁぁ!!」


 ウラカールは一歩を踏み出す、望み通りならばやってやる後悔させてやる、己の全てをぶつけてこの少女の上をいく。


 ウラカールは地面を蹴り加速する。ネクスの元へと突き進んでいった。


 試験などもうどうでも良かった。

 ウラカールは自分の全てを賭けてネクスに勝利したかったのだ。


(俺は通過点じゃない!!)


ウラカールはさらに一歩踏み込む、大地にヒビが入る


(俺を……! 見ろ!!)


 ウラカールの脚力に地面は対応できず粉砕されていく。間違いウラカールは次の一撃で勝負を決するつもりだ

 

その気迫を受け止めたネクスは笑う。


「見せてやるわよ! 私の本気も!!」


 サーベルを頭上に構えるネクス、何をするつもりだ、ウラカールの脳内に一瞬の思考が挟まるが、すぐさまにそれを捨て去る。


(雑念は捨てろ! 何かをするつもりならそれをする前に潰せばいい! 今の俺では小手先の技などアイツに通じない! 全力で、俺の全力を、あいつに叩きつける! そして勝つ!)


 自分の最大の力をネクスにぶつけるためにウラカールはさらに加速。

 ちょうど後数メートルで、ネクスの射程距離に入るという時だった。


三日月のクレセントムーン──!!」


 ネクスの呼び声に応えるかのように彼女の剣に赤の光が迸り炎のように剣にまとわりつく。

 そして天まで届くのではないかというほど立ち上ったそのネクスの光柱にウラカールは見覚えがあった。


(これは……闘気の……!! 破壊のエネルギーの……!!)


 そしてネクスは叫ぶ必殺の一撃を。


断頭台ギロチン!!」


 振り下ろされたネクスの剣は光を解き放つ。

 解き放たれた光は三日月型の光波となり、ウラカールに迫っていった。


(避け……られな……ッ!?)


 そのままウラカールの視界は闘気の光に潰されていく。

 強大な爆発音が、森に、大地に、空に轟いた。

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