聖火【第一章完結!!】

青山喜太

第0話 イントロ

「人生の勝ち組の共通点ってわかるか?」


 平日の昼間、賑わう酒場で男は問うた。

 男の反対側の席に座る問われた双子の兄弟は顔を見合わせる。


 そして一瞬の思考の後、双子の弟が話し始めた。


「あー……顔がハンサム?」


「ちげぇよバカ」


 男は呆れた。

 そして今度は双子の兄が得意げに口を開く。


「インテリ……! だろ?」


「不正解」


 男はぽりぽりと頭を掻きながら、双子を見つめそして答えを出した。


「これだよ」


 男はテーブルの上に双子以外に見えないように布に包まれた大口径の拳銃を置く。


「銃が正解?」


 双子の弟は聞く。


「違う、正解は力と覚悟だ」


 すると双子の兄は若干ムッと口をしかめながら言った。


「答えが二つなら、二つって言えよ!」


 男は小馬鹿にしたように双子の兄を宥めた。


「落ち着けよ、なんで俺がこんなこと話したかわかるだろ?」


「なんだよ」


 双子の弟は言う。


「まだわからねぇか? お前らは勝ち組になれる岐路に今、立ってんだぞ? しかも看板付きの分かれ道に」


 男は得意げに話を続ける。


「どんな時代でも成功者っていうのはな? 誰かを負かせるだけの力を持っていた。あらゆる敵を倒す力、理不尽を退ける力だ。

 だがそれだけじゃ、偉大にはなれない。リスクを負うか負わないか、道を進むか進まないか、何か大事を成すため、決断する覚悟の強さが英雄を産むんだ」


「なんだよ? 講義しに来たのか?」


 双子の弟が訝しむ。


「ちげぇよ、お前らは栄光を掴むのか掴まないのか? それを聞きに来た」


「栄光?」


「栄光をバカンスのチケットに言い換えてもいいぞ」


 双子の弟はピンと来ていなかったがその男の発言で、双子の兄は勘づく。


「襲うのか? 酒場を……?」


 コクリと男は頷く。何を隠そうこの三人はシケた強盗だった。

 スライムからドラゴンまで多種多様な脅威モンスターがいるこの世界で、この三人男たちは、金を稼ぐ安全な方法を見出したのだ。


 それが人間相手の強盗だった。

 彼らには魔法の才はない、そして超人的な力を持つ戦士でも、アンデットを払える聖職者でもない。


 だが、大金は欲しかった彼らは考えた。

 その結果、少なくともドラゴンを相手にするよりは無力で脅しの効く人間の方がマシだと三人は思ったのだ。


 そして今そんな三人は、他人を殺して、尊厳を踏み躙って、人生をめちゃくちゃにして、ここで三人仲良く、旬の野菜とベーコンが混じるスパゲッティを食べているのだ。


 強盗の算段を立てながら。


「金、集まるか?」


 双子の弟が聞く。


「集まるさ、聞いた話じゃ、ある強盗のカップルが食堂を襲ってさ、客の財布抜いて、見事に沢山の金盗んだってよ」


 男の話に双子の兄は聞き覚えがあった。


「あ、それ俺も知ってるぜ? でも、あれだろ? その食堂の中に拳銃持ったヤクザがいたんだろ? しかも二人も。結局、その強盗カップル、パンツ濡らして帰ったそうじゃねえか」


「でも金は得た」


「俺はパンツ濡らしたくねぇ!!」


 双子の兄がそう主張する。


「うるせぇ! 心配すんな周り見ろ」


 双子は辺りを見回す。

 ジジイ、ババア、ジジイ、ジジイ、ババア、ガキ、その母親、そしてろくでなしの酔っ払いが多数。


 昼間だと言うこともあってか、働き盛りの冒険者、もとい戦士たちはいない。


 なるほどタイミングも計算済みなのか、感心する双子に男は言う。


「な、楽そうだろ? 奴らから財布を巻き上げたあと、酒場の金もいただく」


「でもよ……」


「なんだ?」


 双子の弟は視線を動かす。アイコンタクトだ、男と兄に右を見ろと訴えかける。

 正直に視線を二人は動かした。


 ウェイトレスが通り過ぎ去るその向こうのカウンターに群青色のマントを羽織った魔法使いがいた。

 なぜ魔法使いかどうかわかったかと言うと理由は単純だった。


 魔女特有のツバが冗談のように広いトンガリ帽かぶっていたからだ。

 サメの背びれが膨らんだようなそのトンガリ帽を被る魔法使いはその大きな帽子とマントのシルエットに隠されて何をしているかは正確にはわからないがどうやら食事をとっているらしい。


「あいつはどうするよ? 魔法は厄介だ」


「バーカ、それも計算済みだっての」


 不安がる弟に、布に包まれた拳銃の全貌が双子に見えるように、チラリと布を持ち上げる。


 その拳銃はリボルバーだった。そして、そのリボルバーのグリップにはこう小さく書かれている。


 “対魔物用”


 双子の兄弟は驚く。

 これはただの銃ではない、中型の魔物を屠るほどの威力を持つ高級品だ。


 確かにこれならば魔法使いも怖くはない。


「おい! これどうやって手に!?」


 双子の弟の疑問はもっともだった。このような拳銃は素材も弾も高い果たして何処から仕入れてきたのか。

 男はニヤリと笑う。


「四年前の戦争の遺産さ、闇市じゃ珍しくない」


「買ったのか?」


「まさか」


 男はそして再び双子を見る。


「まだ答えは聞いてなかったな、この銃は栄光だ。掴むのか掴まねぇのか?」


「兄貴どうする?」


 双子の弟は兄に聞く。


「決まってんだろ」


 ─────────────


「全員! 手ェ上げろ!!」


 その日、平和な町の平和な酒場は、一瞬にして変わった。

 たとえどんなにコップの中の水が綺麗でも、一滴のインクが落ちればその水は飲めなくなる。それと同じだった。


 町の住民の憩いの場兼食堂だったその酒場はたった三人の男たちによって収穫場と化した。

 と言っても三人の男たちは、小麦でも収穫しにきたのではない。


 男たちは思う。

 俺たちは土や肥料ではなく人の血と時間で増える。金という名の穀物を採取しにきたのだ、と。


 金を穀物とは言い得て妙だ。とリーダ格の男は双子の兄弟の部下に指示を出しながら、自身の文章力に感激していた。


 強盗が無理になったら引退して小説家にでもなろうかな、などと身の程知らずにも程がある馬鹿な事を考えながら、男は銃口を客の頭から頭へと、指揮棒をふるかのように照準を合わせる。

 もちろん、菓子に茶をセットで出すように汚い脅しの文句も添えて。


「いいか! テメェらこれはな! ただの銃じゃねぇんだぞ?! 一瞬で、テメェらの頭を俺が昨日調理したミートソースみたいに変えるんだ!」


 その度に、客の老人、女子供達は強風に負ける背の高い草みたいに折れるのだからこれもまたリーダーの男にとっては傑作だった。


 さて、そろそろいいだろう、全員がウェイトレスも含めて、床やテーブルにキスをし始めたの見計らって男は双子の兄弟の弟の方を見た。


「おい、マーク! こっちはいいぞ! そっちは!」


 するとマーク、双子の弟は困ったような視線を男に向ける。


「おい、何やってんだマーク?」


 双子の兄も客に銃口を向けながら、弟の困惑した雰囲気に気付いたのか、視線を弟に向ける。


「それが……こいつ……! おい! 早くテーブルに頭つけろ!」


 マークは何を焦っているのだろうか、不審に思ったリーダの男はマークが銃口を向けている人物を見ようとした。しかし、ちょうど柱が邪魔だ。


 弧を描くようにリーダーは動く。マークが手こずっている人物を見極めるために。

 するとゆっくりと柱の先の景色が見えてくる。


 まるで、朝日が昇るかのように、ゆっくりとだ。

 マークの指示に従っていないのは二人、青いマントと青い魔女帽の魔法使いと、バーテンダー兼シェフの左目が刀傷で潰されているこの酒場の看板息子だった。


 こういう時、強盗と王は似ている。大した事はないと思われた時全てが崩れ去る。


 それはあってはならない。あってはならない事だ。

 コイツに逆らってはいけないのだ、従わなければないのだ、そういう雰囲気が薄まればどうなるか。


 男は知っていた、歴史が語っていたからだ。

 革命だ。それが起きれば、捕まりはしないかもしれないが、金は減るし、それにこれ以上人を殺せば、神様もギリギリ許してはくれないだろうと男は思った。


(しょうがねぇ)


 男は、その魔法使いの座るカウンターから距離をとりつつ未だ、マークにも自分にも背を向けおそらく食事をしている青の魔法使いに向かって話す。


「おいおいおいおい!!! わかってんのか魔法使いさんに刀傷の兄ちゃんヨォ! 今、命狙われてんだぜ?」


「……知るかよ」


 刀傷の看板息子がボソリと呟く。マークの代わりにリーダーの男が怒鳴った。


「誰が喋っていいっつったよ!! こっちには弾が百発はあんだぞボケェ!」


 そう叫びガチャリと撃鉄を起こして、照準を看板息子に向けるリーダー。だが看板息子は焦りもしない。


「こっちには、バカどもが残した油汚れが、一億はあるんだ。皿洗いぐらいさせてくれよ」


 そう言って、視線を落としたまま皿を擦り始めた。

 ナメられている。どうする、このままでは、民衆客達は勘違いをしてしまう。


 そうなれば、戦争が始まる。


 この三人の暴君は腰抜けの無能だと。勝てると。

 よし、殺そう。リーダーは至って冷静にそう思った。

 この小さな王国には判事はいない、引き金を引くだけで判決が決まる画期的なシステムだ。


 だから、もう終わりにしよう、そう思ってリーダーは看板息子に向かって発砲しようとしたその時だった。


 敢えて言葉にすれば、ヴォン、と言えばいいのだろうか、そんな独特な低い重低音をだし、魔法使いが青い閃光と共に消えた。


「え」


 リーダーの男は息と共に驚愕を吐き出すそして唐突に、後ろに気配を感じた。

 リーダーが振り返ろうしたが、そうする前に、突如、銃を持った右手に誰かの右手が添えられる。そしてそのまま、誰かの右手の人差し指が、銃のトリガーをリーダーの指ごとを押し込んだ。


 ドン、と重い音が響き、判決が下された。

 まず一人の暴君が死ぬ。


「マーク!!」


 兄が叫ぶ。

 双子の暴君のうち弟の頭が弾丸によって吹き飛ばされた。

 次に、リーダーの男に添えられた右手は強引に腕を移動させ、兄に照準を向けさせる。


「あ、いや、まって──!」


 そこまで言って、双子の兄は喋れなくなった、心臓と肺が弾丸で破壊されたことによって、痛みと自身の血で溺れ、そのまま死んだのだ。


「あああ!!」


 戸惑うリーダーの男は叫び声を上げた。そして男は思い知る自身の国は砂上の上に立っていたのだと。

 絶望する男は、動悸が止まらない。だが男にはその絶望にすら耽っている暇はなかった。


 突如、男の頬が誰かの手によって力強く掴まれる。そしてゆっくりと、男の顔は左へと向きを変えられた。

 男の景色が変わる。男の仲間の死体と、血みどろの地獄からたった一人の男の笑顔に変わった。


 リーダーの男は目の前にいる男が何者なのか直感で分かった。魔法使いだ、あの閃光と共に消えた。青のマント、青帽子のあの魔法使いだ。


 男は理解する、男の手の引き金を押し込んで双子を殺したのはこの魔法使いなのだ。

 男は想像する。仲間と同じ道を自分も辿るのではないか、この魔法使いによって。


 そう考えた瞬間、男の腹の底から恐怖と叫びが迫り上がった。

 腹から胸そして、喉にまでその恐怖と叫びが出かかった時、男の口は魔法使いによって塞がれる。


「まぁまぁまぁまぁ、落ち着けよ。強盗さん」


 魔法使いの男はそういう。


「はぁ……おいドンキホーテ! 油汚れ以外を増やすな!!」


 そういうのはこの酒場の看板息子だった。ドンキホーテと呼ばれた魔法使いは看板息子に視線を向け苦笑いする。


「許せよ、じゃあ俺はどうすればよかったんだ? スイケシュ」


 魔法使いドンキホーテは、そう看板息子のスイケシュに抗議するが、スイケシュも譲歩する気はないようだ、舌打ちしながら言葉を続ける。


「お前がやらなくても俺がやってたんだ。ったく、血がこんなに……」


「……おいまてスイケシュ、俺のパスタは無事か?」


「さあ? トマトソースだからな、同じ色でわからん」


 すると魔法使いのドンキホーテは男の頬から手を離し自身の食べていたパスタに急いで駆け寄る。

 真っ赤なトマトソースのそのパスタには見慣れない具材が混じっていた。


 ドンキホーテは少しパスタをフォークで弄った後、嘆いた。


「マジかよ……スイケシュ作り直してくれ」


「いやだよ」


「俺は! ベーコンと旬の野菜トマトソースパスタ食いにきたんだ。ベーコンと旬の野菜パスタ〜生の脳みそを添えて〜を食べにきたわけじゃない」


「高級料理みたいだな」


「料理じゃねぇ物的証拠だろもはや」


 そう議論する男二人。

 そんな男たちを尻目に、放っておかれた強盗のリーダーはガチリ、と撃鉄起こした。


 今ならやれる。魔法使いは今看板息子と、パスタに気を取られている。

 リーダーの男は決意する。今こそ王位に返り咲くときだ。


(死ね!)


 そう心の中で叫びながら、対魔物用の大口径弾が放たれる。

 風を裂き、弾はドンキホーテに向かって突き進む。そしてまっすぐと、標的の頭に向かって弾丸が突き刺さろうとしたときだった。


 パス……という気の抜けた音が酒場に、そしてリーダーの男の耳に木霊した。

 リーダーの男は目の前で起こった事実が理解できなかった。


 目の前の魔法使いはまるで、息子の投げたヌルいボールを受け止める父親のように弾丸をキャッチした。それもノールックだ。


「は……? あ、あああああ!!!」


 男は間抜けな叫び声を出しながら恐怖と衝撃で、腰を抜かした。

 ドンキホーテがゆっくりと顔をリーダーに顔を向ける。

 そして掌に収まった弾丸を親指で弾き、再び掌に収める。


 弾丸を再び掌に収めたドンキホーテはまるで散歩するかのように、ゆっくりとリーダーに近づいた後、恐怖のあまり尻餅をついたリーダーに目線を合わせるように、ドンキホーテも腰を落とし屈んだ。


「ダメじゃないか君」


 ドンキホーテは諭すように語りかける。


「銃の管理はちゃんとしないと。暴発したぜ」


 そう言ってドンキホーテは無理やりリーダーの空いた手に弾頭を握らせる。まだ熱い。「ああ!」と熱さのあまり叫んだリーダーは、急いでドンキホーテから手を離そうするが、力の差のあまり離れない。


「答えてくれよ、したんだよな?」


 まるで、神父のような優しい声色で語りかけるドンキホーテ。

 リーダーの男は恐怖し目から涙を溢しながら、激しく頷く。


「そうか、だよなぁ? ワザとだったら大変だ」


 そう言ってドンキホーテは男の手を解放した。

 男はすかさず熱された弾丸を放る。コロコロと転がって酒場の隅に弾丸が収まった。


 それを二人は見届けた後、ドンキホーテは男の二の腕を掴み無理やり立たせた。


「ほら! とりあえず座ろうぜ」


 丁寧に男のズボンについた埃を払ってやりながら、ドンキホーテは近くの席に男を座らせる。


 そして、じっと男の席の反対側に対面する形でドンキホーテは座った。

 そして呑気にドンキホーテはスイケシュに話しかける。


「スイケシュ? 同じパスタ作ってくれ」


「ファックですお客様」


「そう言うなよ、いいから作ってくれ、倍の金払うからさ!!」


「三倍だ」


「……わかったよ三倍払うから」


 すると、ボゥと火のつく音がカウンターから聞こえた。


「ここの酒場な、魔法のコンロでベーコン焼くから超ウマイんだぜ」


 それどころではない、男は気が気ではなかった。


「あ、そうだ、皆さんもう大丈夫ですよ! 俺が見ておくので!! あ、そこ奥さん、悪いんですけど衛兵さん呼んできてくれます?」


 ドンキホーテがその一言を発するとイソイソと客たちは顔をあげ始める。そしてドンキホーテに指名された女性が急いで店外に向かって走っていった。


 ドンキホーテは男に向き直る。


「えーと、それでその……誰さん? だっけ?」


 名前を聞かれた男は、恐る恐る口を開く。


「ジョ、ジョンだ……」


「ジョン〜!! いい名前じゃないか! ええ? いやぁ会えて光栄だよ、俺は騎士のドンキホーテ! こんな格好なんだが一応、国から認められた遍歴騎士だ」


 はは、と笑って締めくくるドンキホーテ。


「ジョン、君たちの仲間は……その、残念だったな」


「……え? ああ……」


「頭と心臓を狙うつもりはなかったんだ、本当は手足や銃を狙うつもりだったけどな、ちょっと難しかった」


 ジョンは何も言わない。


「こんなことになるとは。本当に残念だ」


 哀悼の念を表するドンキホーテは何処までも嘘くさかったが、しかしそれに茶々を入れるほどの度胸はジョンにはなかった。


「お待たせいたしました、残業確定パスタでございます」


 すると、嫌味たっぷりのスイケシュ自らがドンキホーテ達の席にパスタを持ってくる。「ありがとう」とドンキホーテが言うと、湯気の上がるトマトソースのパスタがテーブルに置かれた。


「ごゆっくり」とスイケシュが去ろうとしたとき、「ちょい待ち」とドンキホーテがスイケシュを呼び止めた。


「これ、その、別にいいんだけど、血がついたやつじゃないよな?」


「ドンキホーテ。テメェの脳も皿に添えてやってもいいんだぞ」


「ああ……じゃあなんでもない」


「クソごゆっくり、クソ客様」


 そう言ってスイケシュはカウンターに戻って行く。ドンキホーテはパスタをフォークで巻き始める。

 そして恐る恐る一口目を口に入れた。


「うん、ウマイ」


 そして口をポケットから出したハンカチで拭った後、ドンキホーテは言った。


「あ、そうだ銃見せてくれるか? ジョン」


 ジョンは恐る恐る、銃をテーブルに置いた。するとドンキホーテはパスタを頬張りながら、見つめる。


「お、ありがとう。ふんふん……結構状態が悪いな、魔導式の弾丸加速機もあんのか。あー? ジョン?」


「あ! ああ……」


「人生の成功者になるための秘訣って何かわかるか?」


 突然の質問にジョンは狼狽える、頭が回らない。どうすればいいのか戸惑いながらも頭の中に浮かんだ言葉を口から発した。


「ち、力と覚悟……だと思う」


「それじゃ足りないな」


「あ、え……」


「力と覚悟と世界を愛することだ」


「せか、い?」


「そう世界を愛することだ。好きなものを見つけんのさ、この世界で」


 ドンキホーテはスパゲッティを口に放り込む。


「空は好きか?」


「え?」


「青い空は好きかジョン」


「あ、ああ、好きだ」


「そうだろ? 青い空は俺も好きだ、俺も愛してる。でも案外空が青いことに気づけている人は少ない、少ないんだよジョン」


「……?」


 ジョンにはドンキホーテが何を言っているのかがわからない。


「みんな当たり前だと思ってる。空が青いことを。生まれてる時から空は青かったからな、だから気づく奴は少ない。あの青がどれほど美しいかな」


「はあ……」


「ありふれているから、当たり前だからみんな気づかない。空の青さの美しさを。みんな目の前の日常や不安にすり潰されて忘れていく」


「でもな」とドンキホーテは言う。


「空の青がどれほど青く美しいか気づいた時、初めて人間は変われるんだ。世界を愛せるんだ。当たり前にあるものの尊さを気づけた時、世界で生きていたいと思えるのさ」


 ドンキホーテはジョンを見つめた。


「空の青さだけじゃない、暖炉の暖かい光、雨のオーケストラ。世界には忘れられた当たり前が沢山ある」


「……」


「その当たり前に気づいた時。人はな、本当の成功者になれるんだ」


 ドンキホーテはパスタを頬ばる。


「だからな? ジョン。世界を……当たり前を愛するんだ、そうすれば、いつかわかる。自分はいかに恵まれたものだったと言うことがな」


「何が言いたいかわかるか?」ドンキホーテは問う。

 ジョンは首を横にふった。


「誰かの当たり前を奪うな、要はそれが言いたいだけさジョン、多くの人は失ってから当たり前を愛するようになる、それは不幸な愛し方だ」


 そして、ドンキホーテは手を差し伸べる。


「和解の握手だ、ジョンそして約束だ更生してマトモになってくれ」


 ジョンは堪忍したように、肩をすくめそして「わかった」と小さく呟きながら手を取った。

 終わった、ジョンはそう思った。強盗人生も、この自分たちの事件も同時に。


 不思議と、嫌な気持ちにはならなかった。なぜかこうなるのが自然な気がジョンにしていた。天から祝福のファンファーレが鳴り響いているような気さえした。


 ドンキホーテは微笑む。


「よし、じゃあこれで和解成立──」


 その瞬間、バチリと稲妻がテーブルに置かれた銃から迸る。


「は?」


 轟音が酒場に鳴り響く。

 二人の和解を、事件の解決を祝うようにリボルバーが爆発したのだ。


「どわぁぁ!!」


 ドンキホーテは壁に叩きつけられ、床に尻餅をつく。


「ああ! マジで! だから安モンの武器は嫌いなんだ!!」


 そう言って立ち上がり、周りを見渡す。幸い他の客には被害はない。

 犠牲なったのは、作り直してもらったベーコンと旬の野菜のパスタと──。


「あぁマジかよ」


 ジョンだった。口から血を吹いてる。もう助からない。


「また死体が増えたのかドンキホーテ」


 スイケシュが問いかける。


「うん、死んじまったよ。ああ、もったいなかったなパスタもコイツも」


 パスタとジョンに哀悼の意をドンキホーテが表していると、酒場の扉が突如、開かれる。


「みなさん大丈夫ですか!? お待たせいたしました! 犯人の身柄を取り押さえに……」


 衛兵だ。どうやら、ちゃんと奥さんは呼びにいってくれたらしい。

 だがこの惨状をみて衛兵は頭を抱える。


「あのぉ……犯人は……」


 ドンキホーテは苦笑いしながら言った。


「あーそのー、さっきまでは生きてた」


「というと……?」


「いやちょっとややこしくて、その……ね? 握手してたら、銃が爆発したと言うかなんというか」


「……ドンキホーテさん、すみません犯人がいない以上、規則として貴方から事情を聴取する必要があります」


「……マジ?」


 ドンキホーテは懐から懐中時計を取り出して時間を見る。

 そしてため息と共に、天井を見上げて呟いた。


「列車、間に合わないじゃん……」

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