第14話 3学生 1先生
騎士学校、入学式当日。
ネクスは不満を募らせていた。
なぜなのか。
校長の当たり障りのない長話に嫌気がさしたのか。
違う。
そんなことで怒るほどネクスは短気ではない。
では他の生徒に揶揄われたのか。珍しい女生徒だ。いや珍しいどころではない、校長の話では史上初の女生徒らしい。
だからもちろん奇異の目は向けられていた。
しかしそれも違う。
前例のない存在である女生徒、確かに珍しいが逆に珍しさを通り越して、触れてはいけないような畏敬の念を抱かれたのか、揶揄うような男子はいなかった。
では何が不満なのか。
ネクスの不満はそう入学式が終わり教室に案内されたところで爆発した。
「ネクスちゃん、お待たせ、さあここよ!」
案内してくれたのは、アーシェと名乗った衛生士官だった。
ネクスは案内された、教室を見渡して言う。
「待ってください、私が最後なんですよね」
アーシェは頷く。
「なんで──」
その時から、ネクスは教室の中央の席に陣取り膝を揺らしている。
改めて、数えるように、ここにいる生徒の名を心の中で呼んでみた。
(リリベル)
そして、
(ミケッシュ)
あと、
(私)
もう一度、数えてみよう。
(リリベル)
そして、
(ミケッシュ)
あと、
(私)
なんど数えても同じだ。
(リリベル)
そう、
(ミケッシュ)
何度も、
(私)
数えても、なぜか──。
「な、ん、で三人しかいないのよ!!」
立ち上がって叫んだネクスにびくりと、リリベルが肩を震わせる。
「まあまあいいじゃん多すぎるよりは」
そう言ったのは、ミケッシュだった。
「少なすぎるのも異常でしょうが!」
ネクスの言うことももっともだ。
ネクスが案内される前、通り過ぎた教室では多いどころでは三十人ほど、少ないところでも十数人はいた筈だった。
何か格差や、差別のようなものを感じざるを得ないと言うのは例えネクスでなくとも、当然のことだろう。
無論、ネクス以外の二人も当然おかしさに気づいていた。
だが、ネクスほどの熱量で怒るような気分に二人はならなかった。
「まあ、どうせこんな感じだと思ったし」
どうでも良さそうに呟くのは、ミケッシュ。
そう、初めての女性志望者がどういう扱いをすればいいのか、学校の先生達も困っている、ミケッシュは自分の予想していた通りであるこの結果を甘んじて受け入れるつもりでいた。
しかしここで疑問なのが一つ。チラリとネクスの方をミケッシュは見た。近くにいるリリベルが困った顔をしている。
「ネ、ネクス、お、落ち着いて……!」
リリベルは立ち上がり怒るネクスを宥めていた。
おそらく、騎士学校の教師陣は女子をとりあえず一箇所に集めようとしたのだろう。
だとすれば何故、男子のリリベルがいるのだろうか。
おそらく、男子を入れることで差別感を薄れさせ、公平性のような物を演出させたいのだろう。仮にもいいとこの貴族の令嬢や大商人の娘。
対面上、平等な教育を施していますと、アピールする必要があるのだ。
そう納得したミケッシュは服の中に隠している。ドラゴンの赤ん坊を撫でる。すると胸元からヒョロリと顔を見せたその竜の赤子ににミケッシュは微笑む。
「まあ、私たちはいい感じに騎士になれればいいもんね、ウロちゃん〜」
ウロちゃん、それが竜の赤子の名前だった。ウロは目を閉じて大好きなミケッシュに体を預けている。
しかしそんなミケッシュの態度が気に食わなかったのか、
「何ですってぇ?! こんな舐められてアンタ何も感じないの?!」
ネクスはさらに、怒りの炎を立ち上がらせる。
びくつくミケッシュを見て、リリベルはさらに「お、落ち着いて」とネクスを諭すが、落ち着く気配は全くない。
そんなネクスの不満が教室中に充満し、息苦しさを二人が覚えていた時だった。
「ほーい注目」
黒板の方から男の声。ネクスは思わずチラリと目を向ける。ミケッシュとリリベルもつられて黒板の方角に目をやった。
そこにいたのは、一人の男だった。
サメの背びれが、膨らんだような魔女のトンガリ帽、肩には青いマント。そして白いシャツ、その上には青いジャケットに黒いズボンを身につけた長身の男がそこに立っていた。
「お久しぶり、と言っても先日会ったばかりかな?」
「あら、先生こんにちは」
ネクスは唐突に現れた先生に怒りの気を忘れたのか思わず挨拶をする。ミケッシュも同様に
「先生、おひさ〜!」
と気の抜けたような挨拶をかました。
「え、ドンキホーテ……先生?」
急に教室に現れたその先生、ドンキホーテに対してリリベルは目を見開いた。そうリリベルの病室に訪ねてやってきたあのドンキホーテだったからだ。
「みんなもしかして、知り合いだったの?」
驚く、リリベルはネクスとミケッシュの方を見つめる。
ミケッシュはどうやら知り合いだということはわかっていたが、雰囲気的にネクスも既知の仲のようだ。
「知り合いもなにも──」
とネクスがおもむろに語りだす。
「列車の時間で私たちを助けてくれたのは、この人よ? リリベル」
圧倒的脅威の新事実にリリベルの目は皿のように丸くなり、
「ええぇぇぇ!!」
と自身の驚きに比例した、特大の叫び声を上げた。
「先生言ってなかったの?」
ミケッシュが首を傾げて不思議がる。
「あ〜……蜘蛛の一件があったせいでな、言い忘れてた」
「そっかー」なんて、ミケッシュの声がリリベルは驚愕のピークを通り過ぎさせる。
そして勢い余ってリリベルは机から立ち上がりワタワタと忙しなく言葉を紡いでいく。
「あ、あの、あの時は助けていただいてありがとうございました!!!」
本来は病室にドンキホーテが来た時点で済ましておくべきだった礼をリリベルは今この場でする。大恩があったというのにそれを知らずに、何の返礼もせずにいたことがリリベルには心苦しかった。
しかしドンキホーテはそんなリリベルを見て微笑み、そして言った。
「いや、いい。礼なんてな。あの事件は君たちも立派な解決の立役者なんだからな」
リリベルの頭に疑問符が浮かぶ。
「それはどういう……?」
リリベルの質問にドンキホーテは答えた。
「まず、ミケッシュが俺を見つけて化け物の場所まで案内してくれなければ、俺は事件のことなど知らなかった」
リリベルは思い起こす、リリベルはあの事件の時確かにミケッシュを逃した。その際、ミケッシュはおそらくドンキホーテを見つけたのだろう。
「いや〜そんな私なんて大したこと……」
当のミケッシュはそう言って謙遜しているが、運命をわけたの間違いなくミケッシュ自身の行動だ。
あのまま逃げることもできたのだ。それを──。
「ミケッシュ」
リリベルはミケッシュに向き直る。
「僕からも、ありがとう」
その真っ直ぐな感謝の言葉に、ミケッシュは頬を赤らめる。
「いや……! そんな! 本当に大したことしてないって!」
照れるミケッシュをよそにドンキホーテは続ける。
「そしてネクス、率先して、化け物に立ち向かいリリベル、ミケッシュの両名を守り抜いた。大きな貢献だ」
「結局は負けたけどね」
ネクスはそう不貞腐れたようにいうものの、ドンキホーテのいう通りネクスのしたことは絶賛されなければならない物だ。
何せ、あの時、ミケッシュが怪我をしていればドンキホーテの元にまでそもそも辿り着けたかも怪しい。
「最後に──」
ドンキホーテはそして再び話を続ける。
「リリベル、君だ」
「僕?」
リリベルは自身に白羽の矢が立ったことに疑問を感じざるを得ない。
「僕は何もしていません」
そのリリベルの言葉には卑屈さが滲み出ていた。
しかし、ドンキホーテはニヤリと笑う。
「そんなことはない」
そう言ったドンキホーテの青い瞳に射抜かれたリリベルは、じっと彼の双眸を見つめる。
そして、間を置かずにドンキホーテは語った。
「君は、あの化け物に立ち向かっただろう? ネクスを守るために、己を危険に晒しながら」
「でも、僕は結局、勝て──」
「勝てなかったか? リリベル」
ドンキホーテは言葉を紡ぎ続ける。
「君の行動は、時間を稼ぎ結果的に俺の到着まで、ネクスと自分の命を繋いだ。あの時、あの瞬間は──」
リリベルの頭に、言葉がよぎる。それはたった一人の肉親である父親の言葉だった。
──恥晒しの出来損ないが
その言葉をドンキホーテの言葉が遮った。
「君の決断と勇気の勝利だ」
その時生まれて初めて、リリベルは褒められた気がした、この場所にいていい気がした。
ここが自分の居場所なのだと
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