療養院⑧

 建物の全てからネズミが追い出されたころ、療養院は夕食の時間を迎えていた。幸いにも捨てそびれ、ネズミにもかじられていないチーズを大麦の粥に足してみた。すると粥の味は各段に良くなっていた。足の良くなった粥を負傷兵たちに配る小夜たち、負傷兵たちは嬉しそうに味の良くなった粥を食べ、中にはお代わりをするものも現れた。もちろん粥はたっぷりある、小夜が来るまで100名分の粥を煮ていた、今では20名ほどしかいないのだから。みんな皿の底がきれいに見えるまでチーズ粥を食べおかずのキャベツの酢漬けとビールも忘れずに平らげた。ただ一人を除いて。両足を負傷しその足が腫れてきたため足を吊り上げられていた負傷兵、足を下ろして楽になっていたようだがどうにも食が進まないようだ。小夜が看てみると彼は発熱し、明らかに包帯の下に隠れた右足が腫れており、そこが熱感を伴っている。

≪まずいな、下腿内部に膿瘍のうよう形成してる。≫

「どうですか?」

 テオドールが心配そうに話しかけてきた。

「多分くっついた足の中に膿が溜まってる。」

 ネズミを追い出すことすら思いつかないほど、衛生観念や感染予防という考えがないこの世界、おそらくは傷口を消毒することもないまま汚れた足を元通りにくっつけた。結果、中に残存した細菌が閉鎖空内で繁殖し膿瘍を形成しているのだろう。

≪さてどうする?≫

 小夜は自問自答を始めた。感染症なら抗生剤投与が有効であるが、この世界にはそんなもの存在しないだろう。感染という概念が無いわけだから、消毒する『治療術』とやらも存在しまい。このまま放っておけば全身に細菌が蔓延する、敗血症を引き起こしかねない。切開排膿して洗浄すれば助かるかも知れないが、問題は誰がやるかだ。『治療術師』とやらに賭けるしかあるまい。

「『治療術師』を呼んできて。そしてお湯を沸かしてちょうだい。」

 小夜の指示にヴェルナーとテオドールは迅速に応じた。

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