プロローグ②

 美しき青年治『治療術師』は負傷兵の治療を終え、言われた通り血に汚れたローブを脱ぎ、自身に浴びた返り血を清め、自分が導師メンターと呼んだ小柄な女性に駆け寄った。

「すみません、お待たせしましたサヨさん。」

「導管忘れてたろ。」

「・・・・・・、忘れてないですよ。」

 さきほどの施術に際しての自信に満ちた物言いが、愛玩犬が飼い主にとがめられた時に出すような甘えたような情けない声となり青年『治療術師』の口から洩れた。彼の『創部癒合術』とも呼ぶべき施術はすさまじく、文字通り髪の毛一筋も入り込まないほどきれいに傷口をふさぐことができる。しかし完全に傷を塞いでしまうため、傷であった部分は閉鎖腔となり除去しきれなかった病原菌による感染巣となる恐れがあった。そのため導管と呼ばれる管にて創部内の廃液を促す必要があったのだ。その導管留置を忘れていた彼ではあったが導師と呼ぶのをやめ、小夜さんと呼称するのを忘れなかった。

「しかしいつ見ても君たちの施術とやらはすごいね。外傷治療の専門家顔負け。」

「なんですかそれ?」

 小夜が言った言葉が理解できず青年治療術師はその美しい顔をしばしゆがめた。しかしすぐに表情を戻し明るく小夜に語り掛けた。

「何はともあれ、サヨさんの知識が無ければあの兵士は死んでいました。血脈の圧力が下がって、危険な状態でした。状態を安定させてから、サヨさんの教え通り血止めして、傷口もきれいにしてから繋ぎましたよ。さらには猪頭鬼オークに噛まれた傷口はきれいにしてから治さないと内側から破裂するほど腫れますからね。」

 彼の話を要約すると、先ほどの負傷兵はショックと呼ばれる血圧低下状態にあった。けがの無い手足を持ち上げたことにより、一時的にではあるが体内の血液循環が改善し意識が回復した。その後止血を行い傷口を洗浄して汚染組織を取り除き、最後に『治療術』なる施術で足を繋いだということだ。

 青年治療術師は快活に続けた。

「でもサヨさんの理念を実践できる私、ヴィルヘルム・アイントホーフェン。こんな弟子を持ってサヨさんは幸せですね。」

「弟子を取った覚えはないよ。」

「そんな~、頼りにしてますよ、導師メンター。」

 またも呼ばれたくない呼び名で呼ばれた小夜はむすっとしながら足早に青年治療術師ヴィルヘルムを置き去りにした。自分の半分ほどの背丈しかない小夜をヴィルヘルムは追いかけた、まるで置き去りにされた子犬のように。

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