第6話 そりゃ戦いは怖いですよ
「戦闘規定は一本勝負!」
怒声にも似た声が周囲にこだました。
騎士だか戦士だかの修練場とやらで、おれと騎士を目指す少女は対峙している。地面はきめ細かそうな砂になっており、ちょっと転んだだけでは怪我をする心配をする必要すらなさそうだ。水平になるよう慣らしてあるのも好印象。
おれの装備は貸し出しの木綿服になり、若干だが防御力が増している。攻撃力のほうは残念ながら変化なしだ。この世界では魔法使いの数が圧倒的にすくなく、必然的に専用の魔法具もお高い。おいそれと手にできるものじゃないから文句は言えない。
一方の彼女は攻撃力が激減していると思われる。
長剣が木剣になっているからね。
訓練用ということだろう。だって鋼鉄の剣で斬られたら死んじゃうもん。
防御力は変わっていない。
かなりずるいとは思うが、こちらの魔法を直撃させるくらいの戦闘となると、生半可な装備じゃあ致命傷を与えかねないから。
隠している戦力はあるだろうけど、もうレベル6に到達しているおれからして、彼女を倒すにはこれで充分だと判断した。……この時点では。
「開始!」
はじまりの掛け声で彼女が一直線に向かってくる。
おそらく縦斬り、横斬り、斜め斬りと、いろいろ考えられるが、アクションキャパシティの分配が問題だ。オフェンス寄りか、ディフェンス寄りか……。
「オフェンスだろうなあ……」
なんとなくぼやいてしまった。
おれは急いで魔法を展開する。熊の爪をはじき返した氷結の盾と同等のものだ。
強度はとりあえず9にした。残りの5を攻撃にあてて様子見をする算段。
つまり、彼女のオフェンス・キャパシティは8以下だろうと読んだのだ。
果たして木剣と氷結の盾の衝突は……。
「はああああああ!」
裂帛の気合いとともに、彼女の剣戟は、縦と横へほぼ同時にほとばしった。
しまった、とおれは舌打ちをする。
これは、強烈な横切り(5)と強烈な縦切り(5)を組み合わせた、《十文字斬り》(16)という連携技だ。想像よりもはるかに手強い。読み誤ったことを悔いる。
強固に見えた氷結の盾が四散して、木剣がおれの肩に食い込んだ。
「いってえ……」
防御に失敗すると、高確率で反撃の攻撃技は出せない。いまのおれがその状態だった。だが、ただでやられたわけじゃあない。相手の手を確実にひとつ暴いてみせた。代償として7からの破壊力をもった痛打を食らってしまったが。
やられたぜ。
「つええじゃねえか……」
「だから言ったじゃない、あたしは前線で戦えるって」
肩を押さえて膝をつくおれから、彼女は、剣先を審判に向けた。ちなみに審判は彼女の父親らしい。挑発しているのだろう。
余裕をみせているうちにおれは立ち上がり、身体の具合を確かめる。
よし、まだ充分にいける。
「本気だしてもいいか?」
おれは獰猛に笑った。
「口だけじゃないなら……ね!」
彼女はいったん距離を取り、回り込んでくる。
また強烈な斬り技を繰り出すつもりだろう。あれはある程度の助走距離がないと連携として発生しない条件があるのだ。
おれは彼女の足下を狙った。
アクションキャパシティの内訳は、オフェンス12のみ。ディフェンスに避ける余裕はない。地表がどんどん凍っていく。氷結の魔法ブルリの
っておれはまたなにを?
なにかの度に記憶が引っかかってしまう。
いったい、おれはなんだったのだろうか。
ふと視線を強敵から離して、遠くかなたを見てしまった。戦闘時にはあるまじき行為。
危ねえ危ねえ……。
「くっ……!」
体勢を立て直そうとしている彼女を見て、思考を打ち消す。
いまは戦いに集中しなければ。
先ほどとは真逆の展開となった。
おれの大規模攻撃が成功したため、彼女は反撃ができず防御もおぼつかないと見える。
続けての連続攻撃に入る。
ブルリとブルリを組み合わせてのブルリンで氷塊をぶつけてしまえれば早いのだが、威力がありすぎて彼女を即死させてしまう可能性が、いまのおれにはある。それは避けたい。彼女も命のやり取りはごめんだろう。
そのため疾風の
効率?
なんの?
ええい!
「《ピュルリ》!」
おれは、またしても思考をかき乱されそうになりながら、魔法を発動させた。小粒の氷たちが、突風にあおられて乱雑な動きをしながら襲いかかる。目指すは凍ってしまった地面に転んでいる少女だ。
それらは見事に的中し、彼女は苦しみの表情に濁っていく。
銀色の鎧も表面が凍結しており、ぶっちゃけめちゃくちゃ寒そうである。
「や、やややや、やるじゃない……」
「おまえ、いまの食らって平気なわけ?」
「平気なわけないでしょ!」
「じゃあなんで立てるんだよ」
「譲れないものがあるから……、よっ!」
彼女の身体が一瞬ぴかっと赤く光った。
耐寒の効果もある剣士のスキル……たしか《ヒートアップ》(7)だったか。主に攻撃力を上昇させる手段として用いるはずだ。アシスト・アクションというまた異なる分類に入るのだが、いまはそんな分析をしている場合じゃない。
もう攻撃を食らうわけにはいかないのだ。
おれのアクションキャパシティは14。
基本攻撃だけで5からの斬り技が主体だったのだ。さらに一撃の威力を上げられては反撃に移るキャパシティなど残らない。
さいわいにもグラウンドブルリの大地氷結効果は持続している。いまのうちに倒しきるしかない!
おれは掛け合わせる数を調整して、つまり威力を調整して、氷結の塊を打ち出す魔法を解禁した。ブルリンだ。
クマ型の魔物を倒したときのものと比べれば二回りは落ちる氷塊をひっきりなしに作りだし、ひたすらぶつけていく。
ヒートアップの効果から炎を思わせる戦士となった少女は、衝撃を受ける度にひるみかけていたが、決して折れず踏みとどまり、ひたすら愚直に前に出続けた。
そして。
大地の氷結が解けて、負けを悟ったと同時に、彼女は地面に突っ伏してしまったのだった。
冷や汗が止まらない。
負けていてもおかしくなかった、ぎりぎりの勝負。
なのになんだ、このどこか落ち着くような感覚は。
おれはまるで、この結果を知っていたかのように、自分に不気味さを覚えて。
そして例の声が脳内に響いた。
【ルーリエメッセージ、ルーリエメッセージ】
◆レベル6から13にアップしました◆
◆新たなる成長段階に入りました◆
・アクションキャパシティ値が14から56に上昇
・新魔法の習得可能(省略、自己参照のこと)
・新アビリティ習得可能(省略、自己参照のこと)
・クラスチェンジ解放
いろいろなことが一気に起って、おれは処理しきれずに立ち尽くした。
ぽたり。
……汗? 額から、手から、背中から、噴き出してくる。
ほんとに、怖かった。
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