第43話 加工の儀


「さてさてさて。ここで殴り合いでは芸がありません」


 壇上の中央に何かが置かれた。

 上から赤い布を被せられているので中身がわからない。


「ここに五つ、武器を用意しました」


 バッと布が剥ぎ取られる。

 槍、剣、斧、弓、盾。

 これら五つの武器が、木の棚に括られていた。

 装飾の類があしらわれていることから、実践用の武器というわけではなく、芸術品の一種であることがうかがえる。いかにも希少そうな宝玉が散りばめられていて、そのことで一層、この殺し合いが見世物であることを示している。


 ただ、どう考えても数が合わない。

 ここに集められたのは十人。

 一人殺されたので九人になったが、それでも武器の数が足りなかった。


「半数が手に取り、半数が逃げ惑う」


 対等な殺し合いですらなかった。

 あくまでもこれは、魔族様を愉しませる余興なのだ。


「さあ、狩りの始まりです!」


 リアラたちが立ち尽くしているなか、一人の男が躊躇なく棚に駆け寄り、美しい槍を手に取った。

 それを発端にして、他の家畜たちも一斉に駆け出した。この一瞬の判断で、狩る側に回るか、狩られる側に回るかが決まってしまう。遅れを取ってしまえば命取りになるため、誰も彼もが他人を押しのけ我先にと群がる。

 リアラの視界に、全力で走るアルティア様の後ろ姿が目に入る。

 リアラは未だ動けずにいる。

 槍の男が槍を振り回して、他の家畜たちを棚に近づけさせない。


「や、やめて。殺さないで」


 綺麗に着飾った女が後ずさる。


「かはっ」


 だが、槍の男はそのドレスに槍を突き刺した。

 槍の男が女を殺している間に、他の家畜たちが各々武器を手にして殺し合いを始める。真っ先に襲われるのは、武器を手にできなかった家畜たちだ。


「おっと! 武器を手にできなかった三人が脱落!」


 武器を持たない者はあっという間に死んだ。


「残り六人です」

「リアラ、こちらへ!」


 アルティア様が宝石だらけの盾を手にして駆け寄ってくる。


「アルティア様あぶない!」


 アルティア様の背後に、剣を構えて追いかける男が見える。


「死ね!」

「くっ」


 リアラの声に反応して、アルティア様が盾で剣を防いだ。

 金属と金属の打ち鳴らされる音がホールに響き、ぱっと赤い火花が散った。


「リアラ、わたくしの後ろに」


 背中を向けて、宝石だらけの盾を構えた。

 リアラはその背中にしがみつく。

 足が震えて、しがみつかないと立っていられない。

 ドレスをぎゅっと握ってわかった。

 アルティア様の足も、震えていた。

 盾の向こう側で、剣を大きく振りかぶる男の姿が見えて、ぞっとする。リアラの体がぐっと強張り、思わず目をつぶってしまった。


「ぐふっ」


 喉の奥で血と声が混ざった、そんな感じの音が聞こえた。

 おそるおそる目を開けると、剣の男が地に倒れて、金属のぶつかる甲高い音を響かせた。背中に突き立っているのは、白銀の槍だ。


「文字通り、横槍が入りました!」


 槍の男が、剣の男のそばに立っていた。

 次の瞬間、槍を引き抜く肩に矢が刺さり、血が爆ぜる。

 苦悶の表情で槍の男が振り返ると、次の矢をつがえようとする弓の女が、斧で斬り飛ばされた己の腕を見て絶叫をあげるところだった。


「や、やるしかなかったんだ……」


 斧の男の足元へ、ずさりと弓の女が崩れ落ちる。


「やるしかなかったんだよ……!」


 槍の男は踵を返してアルティア様から離れ、とどめを刺し終わった斧の男へ立ち向かっていく。


「強い強い! 槍の屠殺劇です!」


 槍の男と斧の男の闘いは、槍の男の勝利で終わった。

 激しい息づかいがここまで聞こえる。


「残り三人!」


 高らかと声をあげるジョーカーに、槍の男が向き直った。


「魔族様、一つお聞きしたい」

「はーい?」


 こてん、とジョーカーが首を傾げる。


「殺し合いをするのなら、我々は何のために育てられたのでしょうか。これではあまりに、理不尽……!」

「んー? このときのためですよ?」


 首を傾けたまま、呆けたように言うジョーカー。


「我々魔族が人間を育てるのは、あなた方から絶望を加工するためです」


 ぞ、とリアラに寒気が走る。


「だから希望を用意した。マーケットです。絶望するには、希望が必要ですからねぇ」


 これ以上は聞いてはいけない気がした。

 これ以上聞いてしまうと、何かが壊れてしまう予感があった。


「安心してください。マーケットは本当に実在しますよ。あなた方も、マーケットで暮らす元家畜の姿を見たことがあるはずです。そこに、魔族の介入はありません。真なる人の国です。自由がそこにはあるんです!」


 三体の影目玉が、自由を謳歌するマーケットの住人をこれみよがしに映し出す。


「皆さん、ファーム暮らしは嫌でしょう?」


 ジョーカーが右腕を広げた。


「マーケットに行きたいでしょう?」


 次いで、左腕を広げた。


「当然です。魔王様がそういうふうにお仕向けになられた」


 両腕を広げたまま役者のように続ける。


「魔族に虐げられ、自殺したくなる環境。しかし自殺すれば身内に迷惑をかけてしまう環境。どうです?」


 リアラは力が抜けて、膝から崩れ落ちた。


「常に死にたいと思っているのに、死ぬことができないお気持ちは……!」


 そうか、これがファームの歪さの正体か。

 魔族様は家畜に……自殺してほしかったのだ。

 自殺したいと思うほど、思い詰めてほしかったのだ。


「永遠に心をすり潰す世界は……!」


 限界まで生きる希望を失わせて、それでもなお自殺することを許さない。

 そういう環境を作りたかったのだ。


「まさしく我々にとって、極上の味!!」


 苦しむ家畜を見て、魔族様は愉しんでいたのか。

 自分たちは一体何のために生きてきたのか……。


「魔王様はその仕組みを完成させたのです」


 それが、希望ポイント。

 自殺したいけど、自殺できない。この絶望的な環境から抜け出すには、マーケットに行くしかない。家畜たちは意識せずとも、そういう思考にさせられる。だから必死になってポイントを貯める。

 真なる自由を求めて。


「これだけでも十分我々は人の感情を貪れるのに、なんとメインディッシュまでご用意なさってくれた。それが、〝加工の儀〟!」


 しかし、ポイントを貯めきったあとも、絶望が待ち受けている。

 これほど理不尽なことがあるだろうか。

 夢を叶えるためにコツコツ貯めたのに、ようやく目標が達成できたと思ったのに……!


「手の届く範囲に希望がありながら、直前でそれを取り上げる絶望。我々はね、家畜の美味しいところを最後の最後までしゃぶりつくしたいのですよ」


 ジョーカーが手の甲でよだれを拭うような仕草をした。


「それこそ、家畜冥利に尽きるものではありませんか……!」


 ホール中に、拍手喝采が沸き起こる。

 ぎりっとリアラは奥歯を噛みしめた。


「話を聞かせていただき感謝いたします」


 槍の男が丁寧に礼を言って、それからこちらに向き直った。


「おい、聞いただろ。マーケットは実在する。生き残れば、天国へ行けるんだ」

「ひっ……」


 アルティア様が一歩後ずさる。

 生き残れば、天国へ行ける。

 それはつまり、最後の一人になるまで、殺し合いは続くということ。


「おい、お前に言ってんだ。そこの小娘」

「……!」


 槍の男と目が合った。

 槍の男が話しかけているのは、アルティア様ではなかった。


「天国に行くのは、お前か? それとも俺か?」


 真剣な眼差しで、リアラに問うてくる。


「いいや、違う」


 槍の男が頭を振った。


「クロノスの姫だ。この方こそ、俺たちの希望だ」


 槍の前端を握り、刃先を己に向けた。


「決断を誤るなよ。俺は先に逝く。クロノスの兵士として」


 ぶしゃ、と口から血が飛び出る。

 槍の男が、白銀の槍を自らお腹に突き刺したのだ。

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