「ずっと好きだった子とのデートでさ」
「タカヒロさん、なんだか今日浮かれてませんかあ?」
後輩の指摘で鼻歌を歌っていたことに気づいて取り繕ったものの、浮き足立った調子はそう簡単に隠せるものではないらしく、カートを押しながらすり寄ってきて「デートっすか? もしかしてっ」と羨望の眼差しを向けられてしまった。
うざがらみしてくるので苦手な後輩だったが、今日だけは悪くない気分だったのでつい弾んだ声をあげた。
「そうなんだよ。ずっと好きだった子とのデートでさ」
「うわーっ。いいなあーっ。俺モテたくて美容師になったのにからっきしですよ!」
「坊主に剃り込み入れてたら無理もないんじゃないかなあ……」
「くっ、タカヒロさんまでそんなこと言うんすね!? 俺の渾身の髪型をーっ」
やっぱりだんだんうざったくなってきたので作業台の片づけをさっさと済ませることにした。
腕時計に目を落とせば十二時半。
今日は午後休なのでもうとっくに終業時間である。
「よし、じゃあお先に」
カートを定位置に戻しながら言うと、すかさず後輩が「いい報告待ってますからねぇ」と大きな声で。
聞きつけた店長が後輩に「なになに? なんの話?」と。
ここの連中はゴシップネタが好きすぎてときどき疲れることがある。
後輩から事情を聞いたらしい店長が満面の笑みを浮かべると(なんだあの笑みは。絶対にありもしないことをつけ足したに違いない)びしっと親指を突き立てた。
「頑張って来いよ、市川!」
「まあ、程ほどに頑張りますよ」
引きつった笑みを嚙み殺して返答し、ひらひらと手を振ってバックヤードに下がった。
身だしなみチェック用の姿見で洋服をチェック。
インディゴブルーのサマーニットにゆるっとしたオーバーサイズのワイドパンツ。
十歳近く若い子とのデートなので何を着ようか迷ったが、職業柄トレンドは押さえているつもりだ。
切った髪がついていないか念入りに確認して店をでた。
マリに妹を重ねている自分は確かにいたが、まさかあいつまでそうだったなんて。
女々しくもまだ義足なんて開発しているとは思わなかったが、ふぅん、なるほどね。
俺から全てを奪ったくせに、お前はそうやって代替品を見つけてよろしくやっているわけだ。
もし仮に代替品を好き勝手していい権利があるとすれば俺だろうに。
舐めた真似をしてくれる。
自動販売機で水を買い、煮えくり返る腹の底に冷水を流し込んだところで口の端に笑みが浮かんだ。
口元を拭う振りをして慌てて隠す。
まだだ。
まだもう少しだけ仮面を被っていなければ。
そんで最期にはまあ、俺がこの手でかわいがってやるよ。
壊れるまでな。
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