第13話:「裏」

 どうしよう、ヤバい、今のは駄目だ。どうしよう、確実に他のファンの敵意を買ってしまった。もしこれが——


「洸ちゃん!」


 私の腕を掴んだのは、他ならぬ啓夏さんだった。


「大丈夫?」

 啓夏さんは私の肩に手を置き、優しい声でそう問うてきたので、緊張と恐怖の糸が切れ、思わず涙目になってしまった。

「すみません、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「洸ちゃんは悪くないよ、あれはTouyaが悪い。ファンを贔屓したんだから。でもさぁ、洸ちゃん」


 涙で濡れた頬を拭って顔を上げると、啓夏さんが言い放った。


「Touyaと知り合いならなんで言ってくれなかったの? ずっと先輩風ふかせてた私が馬鹿みたいじゃん。もしかしてそれ狙ってた? 内心で笑ってたわけ?」


 絶句、というより他なかった。


「そ、そんなつもりは——」

「だったら今後は気をつけた方がいいよ。古参ぶったりアーティストと繋がってることを自慢するファンは滅茶苦茶叩かれるから。じゃあね」


 頭が熱い。

 脳味噌がぐつぐつと煮立っているような、名状しがたい心境で、私は帰路の電車内、吊り革に捕まっていた。何も考えられない一方で、冷静な部分が、


『古参ぶっていたのは他ならぬ啓夏さん自身じゃないか』

『私は自慢なんかしてない。あの時はヒズメさんから私の方に来ただけだ』


 と理不尽な扱いに怒りを覚えていた。


 そして、啓夏さんが教えてくれた、『ファンの民度』という言葉を思い出した。啓夏さんは『Touyaファンの民度は高い』と言っていた。同時に、あの瞬間視線で私を貫いた他のファンの態度も想起した。

 私は他のアーティストを知らないから、もしかしたらあれが『民度が高い』ということなのか? と思い、だったら他のバンドやシンガーのファンはもっと酷いのか? と考え、スマホを取りだし、一度深呼吸をしてから、MsエムズというSNSを開いた。


@Fuka_lovet

 あのさぁ、さっき出待ちしてとっちと話してた女なんなの?

@BBMCA

 俺もアレは酷いと思った。完全にとっちから行ってたし、他のファンシカトだったし

@RockTY

 でもその女、とっちが近付いたら逃げたんだろ? どゆこと?

@NoEvils

 いずれにせよTouyaには幻滅。結局女かよ

@flowerflower

 メジャー行ってまでそんなことしてたらTouyaのミュージシャン生命終了だろ

@KomeComa

 おい! 沼地にその女の外見とか晒した奴誰だよ! 流石にやり過ぎ!


 なに、これ……。


 そして最新の投稿を見て私は青ざめた。生唾を飲み込み、震える手で、沼地を開いてみた。

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