第18話 河童再来店 (団体)

深夜のコンビニバイト十八日目。


雨はざあざあと地面に叩きつけられるように降り注ぎ、雷がゴロゴロとなっている。

店長は、雨の日機嫌が悪い。


「雨の日は気分が優れねぇや...」


と頭をかいて休憩室で寝っ転がっていたが、大きな雷がなった直後、直立不動になり、ぴくりとも動かなくなった。


「て、店長?」


「耳栓」


一言ロボットのように呟き、店長のデスクの引き出しから小さな耳栓を取り出し装着。そして、ヘッドホンをしながら音漏れするような音量で音楽を流して寝苦しそうに寝ていた。


いや音を遮断したいのはわかるけど耳栓して音楽聴いてたら意味ない気がするよ店長。天然なの、天長なの。


「音楽がうるせぇ...」


そう呟きながら寝返りを打つ店長。雷が相当怖いんだろうな。可愛い。


そんな風に微笑ましく始まった今日のコンビニバイトだが、今日は店長が不調の為にいつもみたいに困った時にすぐ店長を呼べない。

俺一人で何とかしなくては...!頼むから今日変な客来ないでくれよ。


ピロリロピロリロ


「いらっしゃいま...ヒィッ!!」


ビッショビショで入って来たのは、黄色いくちばしに雨に濡れてぬめりに磨きがかかった体。

大きな頭部に目がギョロッとしたあいつ。

頭部に添えてある皿を見て、俺はすぐさま理解した。


「河童が...また来た...しかも"沢山"」


河童は1匹じゃなかった。今日は5匹くらいいる。

やばい、俺はすぐさま確信する。何だ、何しに来た。雨宿り?雨宿りか?お前達も雷が怖いのか?

皆後ろにボロボロのナップザックを背負っている。どの河童が俺が前にきゅうりを売った河童なのか皆目検討もつかなかった。

皆同じ顔なんだけど...この河童達どうやって仲間を見分けてんの声とか出せるの?前は一言も発さずにきゅうりだけ置いてコーラ持ってたよな!?


だが、よーく観察すると分かる。この河童達の個性は"頭の上の皿"だ。

1匹1匹形が少しずつ違うし、個性が見られる。ほら、あの真ん中の子の皿なんて、油性ペンらしきもので「まさる」ってかいてある。まさる。まさるくんって言うんだぁ...その下に「上流町川一丁目4586-88」小さくかいてあるのが見えるんだけどもしかして家の住所?個人情報だだ漏れなんだけどまさるくん。

あれかな?迷子になる子供に住所のかいてあるものを持たせて家まで届けてもらう的な...河童の世界でもあるのかよそういうの。

愛されてるなぁまさる。


河童達は、丸くなってブルブルと店の中で雨水を犬が雨に濡れた時にするように体を震わせ、雨水を入り口前で撒き散らした。やめろ。掃除する俺の身にもなれ。

まさるが、俺の曇った表情を見てハッとして、自分だけブルブルせずに控えめに水を払う程度にしてまさるだけびしょ濡れのまま河童達の輪に入っていてすごく面白かったが、よく考えたら入り口で済んでいたのがまさる、お前がコンビニを歩き回ることでコンビニ全体を俺が掃除しなくちゃいけなくなるだろ。

どうしてくれるんだまさる!!


ポタポタと一人だけびしょ濡れのまさるは、他の仲間達に何か注意されてるようで、入り口に戻ってぶるぶるしてこいと言われんばかりに皆から無言で入り口を指さされていたが、まさるはちらりと目だけで俺の顔を見て、ぶるぶるすると怒られると勘違いして、仲間達にふるふる首を振った。

いや待てよ。俺も河童の仲間達と同じ意見だよ今すぐ入り口に戻れまさる。まだ間に合うから。


まさるに声をかけたいが俺は河童語がわからないからどうにもできない。

河童達は、これからレジに何を持ってくるんだろう。

あんまり高いのはやめてほしいけどね。俺がどうせ払うんだから。

でも五人もいると俺のポケットの小銭じゃ足りないかもしれない。


いや、待てよ...俺このコンビニで働き始めてからずっとコンビニの客の商品を払ってあげてばかりじゃないか?

魔王もそうだし、河童もそうだし、ちょっと俺はここのお客さんに甘すぎる気がする。

普通は、そう、普通はお客様がお金を払って俺がそれを売る。俺はお客様に物を売るコンビニ店員だったはずだ。

それがいつからお客様に物を買ってあげる貢ぎ系コンビニ店員になったんだ?

魔王は最近独り立ちをしたっぽくてちゃんと自分でカツサンドをお金出して買おうとしていたし、まぁ俺が足りない分払ったけどさ。

河童達にも、ちゃんとそこんとこ人間の常識に従ってもらわないと。


河童達は、見事全員コーラを抱えて持ってきた。吹きそうになった。

背の低い河童達からコーラをレジ台に乗せ、


「会計は別々ですか?」


一声かけるが、通じてるのか?

河童達は、俺の言葉を無視して輪になってナップザックをごそごそやりだした。うわ、また、まーたあのパターンだよ。

真ん中のリーダー河童っぽいのが、きゅうりを三本差し出した。

そして続いてまた三本、三本と一河童三本、俺にきゅうりを握りしめて差し出してきた。


うわ...またこのパターンだよ。

俺の顔を見たまさるは、びくりと体を震わせ、上目遣いで恐る恐るもう一本ナップザックからきゅうりを取り出した。

ちげえっつってんだろ!何回やるんだそのネタは!!


そこで俺ははたと気付く。

もしかして...こいつがあの時の河童なんじゃないか?

あの日、コンビニにきた時のように勝手に人間界をふらついてしまうから親が皿にまさると住所をかいて他の河童達にまさるを見つけたら知らせてくれというメッセージって事で...?

うーむ、あり得る。


差し出された五河童の15本のきゅうりプラス1。

こんなにきゅうりいらないよ。

そうじゃない、俺は純粋にちゃんと断らないといけないんだ。何故なら、俺はもうお客様に貢ぐ店員をやめるからな。

いいか?ちゃんと断るぞ。


話は通じてないみたいだし、今度こそ払ってくれると思ってレジ台にコーラを乗せてレジを打とうと思ったが、俺はきゅうりだとわかった時点で、この河童達は人間のお金を持ってないと判断した。


俺は、可哀想だがコーラを河童達1匹1匹に返した。いや、可哀想じゃない。俺は悪くない、やめろ、やめろそんな「なんでぇ?」みたいなつぶらな瞳でこっちを見てんじゃないよ!やめろ。買ってあげたくなっちゃうだろ。


そして、河童達が一生懸命ナップザックから取り出したきゅうり達を河童達に返却する。河童達は、「どうしてぇ?」という純粋なまなこでこちらを見ているが、俺はもう見ないと決めた。やめろ絶対目なんか合わせてやらないからな。


河童達は、俺から少し離れ、何かを相談するように丸くなった。

その様子をレジから見守るが、徐々にその様子が気になってきた。まさるが何か、仲間に責められてるっぽいんだよな。

他の河童達は、まさるを指差して怒っているように見えるし、時々入り口を指さして、そのあと俺を指さして何かを訴えている。


もしかして、まさる。

まさるがぶるぶるしないから俺が怒ってコーラを売らなかったと責められてるのか?可哀想だなまさる。

全然そんな事ないのに、いや嘘だ半分くらい当たってるよ。お前が歩き回ったところ水滴すごいもん。

話し合った結果、まさるは仲間達全員分のきゅうりを一人で持たされ、よろよろとレジにやってきた。

何か可哀想になってきた。


そして、よちよちと戻っていくと三つコーラを持たされ、背中におんぶするようにコーラを乗せてこっちにふらふら歩いてくる。

責任とって一人で店員に謝って全員分のコーラを買ってこいってことで河童達は話がついたらしい。

河童の世界って結構陰湿なんだな。


残りの二つを持ってきて、泣きそうな瞳でうるうると俺を見つめるまさるに、俺はふぅ、と息を吐いた。


そして早歩きで休憩室に向かい、財布を取り出した。


「あっ...ありがとうございましたぁあ...」


あぁあ...またやっちまった...。

並んだきゅうりで一面緑になったレジ台を見て俺は頭を抱えた。

そして、ふらふらと掃除道具入れからモップを取り出し床を掃除し始めた俺は、

あの住所に今までのコーラの請求書送りつけたら払ってくれんのかなぁ。なんて考えながら、まさるの歩いた後をモップで綺麗にしていった。


掃除後に一本きゅうりをかじったが、やっぱりこのきゅうり驚く程に美味い。

店長にもおすそ分けしよう。

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