第3話 口裂け女さん来店

深夜のコンビニバイト三日目にして、俺は死んだ魚のような目でレジに立っていた。


頭おかしいだろこのコンビニ。


魔王やら河童やら人外しか来ないんですけど。




昨日河童からもらったキュウリは神棚に飾ってある。


食べようと思ったけど、もしきゅうりを食べて全身の皮膚が緑色になっていって俺も河童になったらって思ったら鳥肌が止まらなかったのでやめた。


神棚にそっとお供えして手を合わせておいた。




この深夜のコンビニバイトで一つわかったことがある。




俺は、目をそっと閉じて微笑んだ。




「人外はお金を払わない」




それだけだ。




ピロリロピロリロ




「いらっしゃいま...」




目を見開いた。




「いらっしゃいませぇ!!」




思わずもう一回爽やかに高らかに挨拶してしまったよ。




白い帽子に、サングラス、顔を半分くらい覆ってしまうくらい大きなマスクに、目がさめるくらいの長袖の真っ赤なワンピース。


黒い大きなトートバックをぎゅっと掴みながらキョロキョロと来店されたお客様。




見るからに怪しい外見だ。




だが俺はそんな事はどうでもよかった。




人間が、このコンビニに来たことが俺はたまらなく嬉しいのだ。


口を両手で押さえてちょっと今感動を覚えている。


深夜のコンビニバイトを始めて三日間。


普通の人が来ることがなかった。


俺は、嬉しい。




赤いワンピースのお客様は、キョロキョロと辺りを見回して、カゴを手に取りお菓子コーナーに向かった。


どうぞごゆっくり見てください!!




だが俺は、この時は全く予想ができなかった。


今までで一番、この人がやばい事に。






赤いワンピースのお客様のカゴには、べっこう飴が大量に入れられていた。




へぇ、飴が好きな人なんだな。




ピッピッと打っていく。かなりの量だ。




「2150円になります」




「.......い」




お客様が何かを口にした。


俺は、レジに夢中になっていて何を言っているのかよく聞いていなくてお客様の方に耳を近づけた。




「申し訳ございません、よく聞こえなかった為もう一度お願いし」




「ワタシ、キレイ?」




「え?」




ゆっくりと彼女の口元から耳を離す。


そうして、じっくりと彼女を見る。


どうしてそんな事聞くんだ?でもお客様の言った事には答えないといけないよな。




「申し訳ございませんが、お客様、お帽子とマスクとサングラスでお顔が隠れていますので判断しかねます」




我ながら完璧な接客だ。


いや待て、こういう時ってもしかしてお世辞でもキレイですよって言うべきだった!?


わからん!コンビニバイトバイブルにお客様に唐突に自分がキレイか聞かれた時の対処法は書いてなかったよ!助けて店長!




お客様は、黙って白い帽子を外し、レジ台に置くとまさにキューティクルって感じの美しい黒髪がサラサラと流れた。




「おぉ」




髪から美人が伝わってくる。


俺は思わず声を漏らした。おぉ。




お客様は、ゆっくりとサングラスも外した。


くりくりとした大きな赤い瞳に、長い睫毛。控えめな右目下にある泣きぼくろがまさに美人を象徴しているようだ。




「おぉ」




目から美人が伝わってくる。


思わず声を漏らしてしまった。おぉ。




「ワタシ、キレイ?」




もう一度聞かれる。




「いやそれだけでも十分綺麗なんですけど、やっぱり顔半分をマスクが覆っているんでちょっと顔半分だけじゃ総合的に見る事はできないので判断しかねます」




お客様の目がピクリと動いた。


何か気に触る事言っただろうか。




お客様は、俯いてゆっくりと、マスクに手をかける。


マスクを外した彼女は、目を大きく見開いてこちらを向いてニィッと笑った。


驚いたのは、その口元だ。


口が耳まで裂けて真っ赤な口紅のついた唇が怪しく歪んでいた。




「ワタシ、キレイ?」




「おぉ.....」




ここに来て俺は理解した。


この人、普通のお客じゃない!!




「ワタシ、キレイ?ねぇ、どうなの?黙ってないで教えてよ。ねぇ?こんな私でもあなたはキレイだって言えるの?ねぇ」




俺の頬を撫でながら耳元で囁く熱い息が耳にかかり体がビクンと跳ね上がる。




「何で黙っているの?もしかして私のこと醜いって思ってる?こんな顔で醜い?ねぇ、答えなさいよ。ねぇ」




ごそごそと肩に下げていたトートバックからお客様が取り出したのは一本の鋭く光る鎌だった。




「キレイって言わないと、殺すわよ」




俺は、落ち着いて深呼吸した。


レジ下にある非常ボタンを押して警察に通報だ。


銃刀法違反とかあれやろ。


逮捕案件だろこれ!俺の命が危ない!




気がつかれないように手をレジ下の非常ボタンに伸ばそうとするが、口裂け女はレジ台に膝を乗せ、身を乗り出しそれを阻止した。


すごい力だ。男の俺よりも遥かに強い。




「ダメ。私の質問に答えるまでは押させないわ」




「んぁあ!もう勘弁してくれ!顔は可愛いけどそういう所はダメ!はい以上!いいだろ!もう警察に通報していい!?」




「嘘つき...私のどこが可愛いっていうのよ」




「そのサラサラのいい匂いする髪の毛とか、見つめられたらドキドキするような大きな瞳とか、耳元で囁かれると変な気分になりそうになるその声とかもう一周回ってその口も可愛いわ!はい!もうこれでいいか!?通報させろ」




「んなっ...やっ...な、何よそれ、は、はぁ」




俺の顔を間近で見つめる口裂け女は、恥ずかしそうに目をそらした。


鎌をカランとレジ台に置いたかと思えば、俺の両腕を掴んでじっと至近距離で俺の事を見つめる。




「な...何ですか」




「あなた、こうして見たら可愛い顔しているわね」




まっすぐな瞳でそう言われると困る。


穴が空くほど俺の顔を見つめる口裂け女の視線は俺のネームプレートに移動した。




「村松、ムラマツ、下の名前は何て言うの」




答えないと今にも殺されそうなので、俺は渋々答えるしかない。




「ハルです」




「どういう字を書くの?」




「天気が晴れるの晴と書いてハルと読みますけど、その何で俺の名前なんて」




「へぇ...素敵な名前ね。気に入ったわ。ふふ、ハル、ハル。ふふ、ふふふ」




「何が面白いんですか」




全く今ので笑える所なかったと思うけど何この人怖い。




俺の両腕を解放しマスクを装着すると、トートバックから高級そうなお財布を取り出して、5000円払った。


5000円を手に持ち確認する。


ちゃんとした、人間のお金だ!きゅうりじゃない!




「あっ...ありがとうございます」




俺が驚きながらもお釣りを準備している間に、口裂け女は鎌をトートバックに直にしまい込み、俺から受け取ったお釣りもお財布にしまいこんでトートバックに入れた。




サングラスと帽子をキュッと深くまで被ると、




「また来るわ、ハル」




「あ、ありがとうございます」




頼むから次はその物騒な鎌を置いてきてね。




「私が次に来るまでに私以外の女に接客なんかしたら殺すわよ」




無茶言うな。




コンビニバイト三日目にして命の危険を感じる事になったんですけど誰か助けて切実に。

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