深夜のコンビニバイト始めたけど魔王とか河童とか変な人が来すぎて正直続けていける自信がない

ガイア

第1話 魔王来店


「いらっしゃいませー」


コンビニの深夜バイト初日。

初日だからと気合を入れ爽やかな挨拶をする深夜2時。

人が足りないから店長と俺で回す深夜のコンビニ。店長は大体の事を教えてくれた後、何かあったら呼んでくれと、休憩室に仮眠を取りに行ってしまった。


コンビニのバイト店員、村松晴(むらまつはる)21歳は、家の近くのコンビニ、モーソンでレジのバイトをしていた。


ピロリロピロリロ


お、こんな時間の客ってどんな人が来るんだろ。酔ったおっちゃんやニートのデブがポテチ買いに来るイメージだけど...。


「いらっしゃいま....」


せ。はいえなかった。驚きで言葉が出なかった。

ゴツゴツとした銀色に光る悪魔のようなツノ。

黒いマントに、紫の鎧。腰には禍々しい塗装の剣。

190センチはあるんじゃねえかってくらいのバカでかい奴が、入り口に立っていた。

そう、そいつ一言で表すなら──。


「我は魔王だ」


喋ったー!!何この人めっちゃ声低い。

魔王のコスプレ?いや魔王のコスプレして深夜2時にコンビニ来るなよ。


「坊主、貴様何か我に食料を持ってこい」


お客様は神様って言うけど、店員に坊主は無いと思う。


「え、えっと、あの」


「我は腹が減った、早く持ってこい。極上の食糧をな」


いやコンビニ来て極上の食糧を求めるのやめてくれます?

ファミレスいけよ。


「えっと...そのじゃあ俺が好きなやつなんですけど」


俺は、サンドイッチの中から一つ。

いつも昼に食べてる美味しいさに間違いないずっしり重い「カツサンド」を手に取り魔王のコスプレした人に恐る恐る手渡した。


「なんだこれは」


カツサンドくらい知ってるだろ!面倒くさいな頼むから普通に喋ってくれよ!


「カツサンドです」


恥ずかしい!何で俺明らかなカツサンド手渡して説明させられてんの?


「ほう、ではこれを頂こう。しかし、不味かったら貴様を殺す」


えぇええ...なんでぇ。

それ俺の責任じゃなくない?そろそろ痛々しくて見ていられないからやめてほしい。ほら、やめてやめて、腰の剣に手を添える素ぶりかっこ悪いよ。


魔王のコスプレした人は、ふむふむとカツサンドを横から上から下から眺めてまるで、初めてカツサンドを手にした異世界の魔王のような様子だった。

そして、そのまま口にカツサンドを持って行った。


「ちょっと待ってください!」


「なんだ、我は腹が減っている」


「お金、もらってないんですけど」


「何だ、金?金貨の事か?」


もしかしてこいつ、新手の万引き!?

魔王のコスプレして、店員に本物の魔王と思わせ食べ物を盗んでいく手口!?

なんて.....なんて頭の悪い手口なんだ...。


俺は騙されないぞ。絶対に騙されないからな。


「お客様、ここはコンビニで、お店ですのできちんとお金を払っていただかないと困ります。コスプレしてても貴方は本物の魔王じゃないんですから」


我ながら完璧な対応だ。

これでこの人も──。

顔を上げると、俺をズーンと見下ろすように魔王が立っていた。

そして、レジ台に足を乗せ、レジ台の上に立ち上がる。すごい迫力に、僕は後ずさる。

レジ台のすぐ前の俺の目の前に立ちはだかった魔王のコスプレした人は、


「我を本物の魔王でないと?我を愚弄するか坊主。ただではすまんぞ」


ピロリロピロリロ


「すいません!ほんっとすいません!!」


謝りながらコンビニに飛び込んで来たのは、黒と赤の胸元がかなり開いたセクシーなメイド服を着た褐色肌の女の人だった。

揺れるブロンドポニーテールが美しく、俺は目の前の魔王をよそに一瞬で彼女に目を奪われた。

ただ、よく見るとこの女の人...耳がアニメでよく見るエルフみないに長い。

服といい、耳といいこの人も絶対コスプレの人だ!!


「魔王様!何やってんすか!」


「此奴が我の事を愚弄したものでな」


「そんなとこ登っちゃダメっすよ!ほら、降りてください!」


エルフメイドのコスプレした人にマントを引っ張られ、魔王のコスプレをした人はしぶしぶレジ台から足を下ろした。

いや〜怖かった。


「すみませんっす人間さん。魔王様は少々人間界の事よくわかっていないもんで」


この人もなりきっちゃってる系の人だ。

俺は頭を抱えた。

店長助けて初日で俺もうちょっと心折れそうなんですけど!?


「ちょっと魔王様!何持ってんすか!」


「此奴にもらった食料だ」


「あー!もう知らない人から食べ物をもらっちゃダメっていつも言ってるっすよね!?お金持ってないんすからちゃんと返しなさいっす」


「断る。我は腹が減った」


「ダメっすよ!うちはお金がないんすから!ちゃんとあたしがこれからバイトして稼ぐっすから我慢して帰りましょう魔王様」


何この茶番...。

俺はこの茶番をどんな顔して見てればいいの。でも逆に俺は考える。

さっさと商品渡して帰って貰えば俺は平穏に初日の深夜コンビニバイトを終える事ができるのではないかと。


「すいません、あの、ちょっとまってて貰えます?」


俺は、レジを一旦抜けてそうっと休憩室に戻り、ぐうぐうと気持ちよさそうにいびきをかいて寝ている店長を横目にロッカーから小銭入れを取り出した。


大人しく待っている二人の前に小走りで向かい、


「そのカツサンド、俺が買うのでよかったら持って帰ってください」


そう言って、俺は魔王のコスプレした人にカツサンドを渡すように手を差し出した。

魔王のコスプレした人とエルフメイドのコスプレした人は黙って顔を見合わせた。


「お会計、しないといけないんでカツサンドをこっちに渡してください」


魔王のコスプレした人に少し強めに言って手を差し出すと、


「俺がお金出しますから三百円」


「坊主、貴様魔王である我に恩を売って見返りを求めているのか?」


見返りは静かにコンビニバイト初日を終える事だよ畜生。


「そうっすよ、それは怪しいっす」


「じゃあお金も何もいらないからカツサンド持ってもう帰ってください」


もう俺は疲れていた。

無表情に、無感情にお客様に対して金はいらないから商品だけ持って帰れと言ってしまったのだ。

当然許される事ではないだろう。


お客様二人はヒソヒソと俺をチラチラ見ながら話し合っていた。


「魔王様...もしかしてこの人間は先程のあたし達のお金がないという話を聞いて」


「まさか此奴、人間の分際で我に施しをすると申すか」


めちゃくちゃ聞こえてるんですけど!!


「しかし、人間その施し受けてやろう。我は寛容だ。それに....腹が減って死にそうだからな。行くぞシェリィ」


「えぇええ!?魔王様!?」


ザッザッと背が高いゆえに歩幅も大きい魔王のコスプレした人は、カツサンドを持ってコンビニを後にした。余程お腹が空いているんだろう。


「人間に情けをかけられるというのはかなり屈辱っすけど...今は感謝するっす。いつか必ずこの恩はお返しするっす」


エルフメイドのコスプレした人はぺこりと頭を下げて魔王のコスプレした人を追いかけて去っていった。


嵐が去った。


俺は適当なカツサンドを手に取りピッとレジを通すと、自分の財布から300円支払う。

そうしてカツサンドを売り場に戻し深い、深いため息をついた。



「深夜のコンビニバイト、初日からやめたすぎて泣けて来る」

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