第6話 あなたはうまく行かなくても楽しいと言った

 鳥居をくぐり神域に入り、木霊こだまの山道を歩く修業が続いた。


 カタリナの聖なるオーラは、木霊たちをたくさん引きつけた。


 最後に山道を踏破し、頂上の鳥居をくぐるときになると、彼女は非常な重量を感じた。


 それは修業を繰り返す毎日、徐々に大きくなり、彼女の聖なるオーラに集まる木霊の数は莫大になった。


 しかし、カタリナはがんばり抜き、10日間が過ぎた。


 今日も、頂上の鳥居までなんとか歩いてきた。


 鳥居の外では、いつもと同じように月夜見つくよみが待っていた。


 いつもはにこにこ笑って迎える彼女が、今日は真剣な顔でカタリナを迎えた。


「カタリナ。ほんとうにすごいわ。今、あなたには、どれくらいの木霊が取りついていると思う? 」


「はーはーはーはー ぜーぜーぜーぜー なにしろ重いのです。たくさん取り付いていることだけはわかるのですが 」


「なんと!! 1億よ!! 」


「え――――っ そんなにも多く私についているのですか!! 」


「だいたい。そのくらいよ。あと、私が驚くのは、カタリナ。あなたが無事でいられるということです。普通の人間なら命を落してしまうレベルです 」


「そうなのですか。でも私はこのごろ、この山道を歩いていると、時々意識を失いそうになるくらいの圧迫感を感じるのです。身の危険を感じます」


「物理的な負荷だけではなく、霊的な負荷にも耐える修業になっているの。霊的な力は魔力と同じ。あなたが魔女や魔族と戦う時、必ず魔力的な攻撃を受ける」


「そういう点からも、有意義な修業ですね。それで月夜見。この海見神社がある山の周辺には、それほどの木霊がいるのですか? 」


「さあ~考えたこともないけど。少なくとも、1000兆くらいはいると思うわ」


「えっ!!!! これからも毎日、私が山道を行く修業を続けると、木霊がどんどん私に取り付くのね‥‥ 1億でも限界ですが」


「大丈夫、大丈夫。あなたには限界はない」


 月夜見は楽観的に言った。


「月夜見にそう言われると、そう思えるから不思議です。ところで月夜見も木霊の山道を行く修業をしたことがあるのですか」


「もちろん!! あるわよ!! 」


「どれくらいの木霊が取りついたのですか」


「私の場合は少なかったから、1兆くらいね」


「えっ!!!! 」




 海見神社が頂上にある山は、海が細長く陸に入り込んだ入江にあった。


 そして、海のそばにはたくさんの民宿があり、学生の運動部が合宿で使うことも少なくなかった。


 砂浜と海のそばにつらなる山々で足腰を鍛えることが目的とされた。


 ただ、海見神社が頂上にある山は、はるか昔からの神域として、立ち入りが制限されていた。


 しかし、海を囲む山々は峰続きで、学生が意識しても海見人神社の神域に迷い込んでしまうことがたびたびあった――



 カタリナが木霊の山道を行く修業をなんとかこなし、50日がたった。


 昨日は、いつものとおり、ゴールとなる鳥居の外で待っていた月夜見が笑って彼女に言った。


「カタリナはさすがに神聖なオーラをまとう聖女ね。もう1兆くらいの木霊がまとわりついているわ。私は100日目に1兆だったから、2倍も速いのね」


 今日、彼女はかなり不安だった。


(今日から、1兆超えの木霊がまとわりつくとすると、未知の世界ね。月夜見は1兆で合格して止めたそうだけど‥‥ )


 朝、月夜見は言った。


「あなたはやがて、強力な敵と戦いリベンジしなくてはならない。だから、神社の中で、のんきに祝詞のりとをあげて過ごせる巫女より、修行しなくちゃね」


 確かに彼女の言うとおりだと思った。


(でも恐いわ。自分の限界はわからない。毎朝、この鳥居をくぐることが、ここ数日苦痛になってきた)


 彼女が鳥居をくぐり、しばらく歩くと、ハプニングに見舞われた。


 目線の先に人が倒れていることが見えた。


「えっ!! あの人、神域に迷い込んでしまったの?? 危ない!! 霊力や魔力が全くない人だと問題ないけれど、少しでもあればたくさんの木霊に取りつかれるわ」


 彼女は倒れている人に急いで駆け寄った。


 すると、倒れているのは若い男性だった。


 しかも自分と同じくらいだった。


 何か言っていた。


「水‥‥ 水をください」


 なんと!!


 その若者は体を動かせるようだった。


「はい。どうぞ。お茶ですが親友が持たせてくれました」


 彼女は水筒からふたに冷茶を注ぎ、彼に渡すとごくごく飲み始めた。


「あ――っ 美味しい!! 」


 彼は、心の中からそう言うと立ち上がった。


 とても背の高い若者だった。


 優しそうな目がとても大きく、この国にはめずらしい巻き毛が可愛らしかった。


「申し訳ありません。山道に迷ってしまって。いつのまにか海見神社の神域に踏み込んでしまいました」


 若者の顔は明らかに赤くなっていた。


 カタリナを見て、強く引きつけられたようだった。


 もっとも、カタリナの方も無意識に赤くなっていた。

 彼女自身は全く意識していなかったが‥‥


「あの―― もしかして外国の方でしょうか。そんなに美しい灰色の目をしている女性はこの国にはいません。でも巫女服を着られているのですね」


 彼女は修業用に月夜見から借りている巫女服を着ていた。


「はい。この服は巫女をしている親友から借りました。それから、私は、外国――もっと正しく言うと、別の世界から転移してきました」


「‥‥‥‥転移ですか。不思議なことをおっしゃいますね。でも、あなたがそう言うのなら、僕は信じます。それほど神秘的に美しいからです」


「えっ‥‥‥‥ そのようなことをおっしゃる方と話したのは初めてです。私はカタリナと申します」


「申し遅れました。僕は神宮悟じんぐうさとると申します」


 お互い名乗り在ったが、カタリナは彼の姿が非常に気になった。


「この国の古い衣装を着ているのですね。親友の家で魔法の箱が映すこの国の人々が着ている洋服とは全然違います」


「あっ、これは剣道着というものです。剣術を勉強しているのです。つまり、剣士なんです。カタリナさんにとっては騎士と言った方がわかりやすいかもしれませんが」


「騎士さんですか!! ‥‥きっと、お強いのですよね」


「はははは、全然です。連戦連敗、この頃はずっと連敗続きです」


「ずっとって、どれくらいですか? 」


「ふふふふ。もう、100連敗はしていますよ」


「え――――っ!! そんなに!! 」


「毎日毎日、負けてばかりです。関東の大学の剣道部で、剣道をやっている人の間では有名なんですよ。奇跡の人と! 」


「まさか。負け続けることが奇跡だということですか。ひどいですね。でもいやになりませんか? 」


「いえ。楽しい毎日です。どんなにうまく行かないことが続いても、自分を信じて、がんばれば、必ず道は開けるはずです。常識はずれの考えですね」


「いえいえいえいえ、神宮さんが、その優しくで誠実そうなお顔で言うと、おもわず引き込まれてしまいます。不思議な方ですね」













 

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