かわいいお年玉

 年越しそばをすすりながら、テレビから流れる除夜の鐘の音を聴いていると、

「あ! 日付が変わったよ。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 と、隣に並んでいた彼女が俺の方を向き、丁寧に頭を下げた。

 俺も彼女にならって、新年の挨拶を返す。

 日付と違って、人の心はそう簡単に切り替わるものではないから、新年になったと言われても実感はわかない。

 うかれた外の雰囲気を味わい、長閑な正月を過ごして、ようやく年の切り替わりを感じ、辰年に慣れた頃には巳年への変更を迫られているのだ。

 何となくだらけた心のまま、オーブントースターで焼いた餅を齧っていると、少し前まで同じようにだらけていたはずの彼女が、ソワソワとし始めた。

 コタツムリから人間へと進化し、部屋に行くと、何かを持って帰ってくる。

 だが、その「何か」は彼女の背に回されていて、確認する事はできない。

「あのさ、私たちって、基本的にお年玉は貰えないじゃん?」

 両手を後ろに隠したまま、正座をした彼女がモゾモゾと揺れた。

「確かにそうだな。もう大人なわけだし、あげる側だな。でも、兄さんのとこはまだ子供いないしなぁ。当面は、あまり俺たちには関係なさそうだな」

 実家に帰ったら高校生の弟にでもあげようかと思うが、それもしばらく先の話だ。

 姉妹が年上ばかりの彼女も、似たようなものだろう。

 俺も彼女も、一月中に実家に顔を出そうかとは考えているが、細かい予定は全く立てていなかった。

 彼女は俺の言葉に頷いた後、

「でもさ、お年玉って、貰うとちょっと嬉しいでしょ。だからさ、今年は特別に、貴方にお年玉を用意してみたんだ」

 と、得意げに笑い、パンパンに肥大化して角が少し破けたポチ袋を手渡して来た。

 まさか、お札を大量投入したわけではあるまいし、中に入っているのは別の何かなのだろう。

 もしかしたら、シャレで子供銀行のお札とかが入っているのかもしれない。

 まあ、中身はさておき、確かにお年玉をもらえると少し嬉しい気分になる。

「おお、凄いな。ありがとう。でも、俺は特に何も用意できてないぞ」

 気が利かなくてごめんな、と謝ると、彼女は首を横に振った。

「いいんだ。ちょっと思い付いて、渡してみたくなっただけだから。それに、大したものは入ってないから、期待しないで~」

 彼女は明るく笑うと、何故か、亀のようにコタツの中に潜り込んでしまった。

 そして中から、「中身の確認が終わるまでは開けないで~」と、声をかけてくる。

 首を傾げながら、むりやり封をされたポチ袋を開封すると、中から器用に折りたたまれた一枚の便せんが出てきた。

 可愛らしい柄の便せんの上を、丸っこい文字が躍っている。

 内容を読んだところ、ラブレターと感謝の手紙を複合させた物のようだった。

 手紙の所々には、「大好き」という文字や、手書きのハートが書かれており、これを書いている時の浮かれた彼女の姿が、目に浮かぶようだった。

 きっと、手紙を書いている時の彼女と同じように、ニヤニヤとした笑みを浮かべて俺も手紙を読み進める。

 最後に「今年も、来年も、ずっとよろしくね」と書かれて、手紙は締めくくられていた。

 開封して早々に読み終わってしまったのだが、俺はあえて声をかけず、手紙を読み返しながら、彼女が自分でコタツから出てくるのを待った。

 しばらくすると、コタツに蒸し焼きにされ、熱さに耐えかねた彼女が、テーブルの上の冷たいお茶を目当てにモゾモゾと這い出てくる。

 そして、真っ赤な顔のままお茶を飲み、再びコタツに帰ろうとするところをバシッと抱き着いて捕まえ、そのまま寝転がった。

「可愛いお年玉をありがとう。嬉しいよ。じゃ、これからちゃんと手紙を読むから」

 彼女を腕の中に閉じ込めた状態で、バッと便せんを広げると、彼女が真っ赤な顔になって驚き、固まった。

「え!? まだ読んでなかったの!? 嘘でしょ。やめて、やめて! 渡した直後から、すごく恥ずかしくなっちゃったのよ。わー! やめて! 音読しないで! 聞こえない! 聞こえないからね!!」

 ラブレターの音読に耐えられなくなった彼女は、両耳を塞ぎ、ブンブンと首を振って悶えている。

 彼女は照れ屋のわりに、すぐに格好つけた行動をとって墓穴を掘るという習性がある。

 そんな彼女を少しだけ揶揄いながら、今年も楽しい日々を過ごせるだろうか。

 腕の中で顔を真っ赤にして丸くなる彼女を抱き締め直して、恨みがましい視線に微笑みを返した。

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