第1話 よくある話①

「誰もいない……のか?」


 弾痕が穿たれたフロントガラス越しに人っ子一人いない寂れた村を見て、ロディは小さくため息をついた。


「ほぉ~ら、だから西に行けば良かったのよ」

「人の臭いはする。きっと家の中に居るんだろ」


 勝ち誇って鼻を鳴らすエリザを一睨みして、ロディはトロトロと車を村へと入れた。


「おい、気付いてるか?」

「あたしが気付かないわけないでしょ」


 ロディの言う通り、村民は家屋の中に居るようだった。

 いくつもの視線が、二人の肌をチクチクと刺す。

 恐怖と疲弊が綯交ないまぜになった、張り詰めた視線。

 こちらが目を合わせると、皆逃げるように窓やカーテンを閉めてしまう。


「お前の〝眼〟にはどう映ってる?」


 無遠慮に訊ねてくるロディの後頭部を睨んでから、エリザはため息まじりに答えた。


「まぁ、よくある話ってところかしらね」

「よくある話、ねぇ」


 適当に転がしているうちに、酒場らしき店を見付ける。

 車を止めて中に入ると、店主らしき男が暇そうに頬杖をついて煙草を噴かしていた。


「……次は、アンタらかね」


 二人の上から下をまわし、男は訊ねた。


「次?」

「待ってな。いま村長呼ぶから」


 問いには答えず、男はカウンターに置いてあった電話の受話器を取り、


「あぁ、俺だ。新しい祓魔士エクソシストが来とるぞ。……そんなこと俺に言われても知らんよ。あぁ、あぁ。分かった」


 煙草の煙を吐き出しながら、町長とやらに要件を伝えた。


「じきに来るそうだ。それまで待っててくれ」


 有無を言わせぬ物言いに、二人は互いに肩を竦めて見せる。

 とりあえず従うことにして、カウンターに腰かけた。


「注文は?」

「水で」

「同じ物を」

「……ほらよ」


 店主はミネラルウォーターのボトルを二人の前に置いた。

 冷蔵庫クーラーにも入れず酷暑にさらされた水は、かなり温かい。


「2本で4000ダラーだ」


 二人が蓋を空けたところを見計らって、店主が掌を突き出す。


「ちょっと! ふっかけすぎでしょ?」

「ここじゃ適正価格だ」


 300年前の〝大戦〟でこの星の気候は大きく変わってしまった。

 今や人類が住むことができるのは、アドニアの〝加護〟が及ぶ十二の聖域内のみ。

 各聖域の首都から放射される〝加護〟は、首都から離れていくほどその効果も薄れてしまう。

 辺境ともなれば、文字通り魔除けくらいの効果しかなく、そこで暮らす者は照り付ける太陽と干上がった大地の下でどうにか生きていかねばならない。

 もちろん、水も貴重な資源である。


「……カードは?」

「うちは現金のみ」

「ロディ」


 エリザが苛立たし気に顎でしゃくると、ロディは「やれやれ」と呟いて財布から1000ダラー紙幣4枚をカウンターに放り投げた。


「まいど」


 不機嫌顔のまま、店主が紙幣をエプロンのポケットに突っ込む。


「いやぁ~、お待たせしました!」


 場違いなくらい明るい声を上げて、三十代後半くらいだろうか、男が店に入ってきた。


「この非常時に、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。私、この村の村長を兼務しております、オラリオ=フォードと申します」


 オラリオと名乗る男は、エリザのものよりも鮮やかな青で染められた詰襟の祭服着ていた。アドニア教の神父が着る平服である。

 アドニア教徒が行政にかかわることは原則NGなのだが、教会と何かと交渉事が多い辺境区では、よくある話だった。


「いやいや、本部にお願いしても『しばらく派遣できない』って突っぱねられていたので困っていたのですが……あちらはもう落ち着いたんですか?」


 神父の言葉に、エリザはだいたいの事情を察した。

 第十一聖域首都ボリアス。

 つい二週間ほど前、そこで大きな事件が起きた。

 ある者の手によって集められた魔族がなだれ込み、破壊と殺戮の限りを尽くしたのだ。

 エリザ達はそれを聞いてすっ飛んできたため最近の趨勢までは把握していないが、少なくとも、五日前の情報では騒動が沈静化したなどという話はない。


「いや、あたし達は第十一聖域ここの祓魔士じゃないのよ。ボリアスへ向かってる最中に、たまたま通りかかっただけ。燃料ガソリンが欲しくてね」


 温い水で口を湿らせながら、エリザは面倒くさそうに答えた。


「ボリアスに? 他聖域の祓魔士に援護要請がかかるほど、事態は逼迫しているということですか?」

「そこまでは知らないわ。あたし達が向かうのは、至って個人的な理由よ」

「……伺っても?」

「騒動の首謀者、〝革命家〟クリフハート=ライゼン」


〝革命家〟クリフハート=ライゼン。

 五年前、突如として現れて以来〝革命〟を謳い破壊活動を繰り返す、神出鬼没のテロリストだ。

 最初に襲われたのは、第八聖域首都スコルシープ。

 彼は第八聖域に隣接する魔境、その北側の〝黒き山〟に棲む魔王――≪神々の牙≫≪焦熱と腐食の王≫と呼ばれ、魔族の間では信仰の対象ともなる伝説の竜アジ・ダ・ハークを引き連れて破壊の限りを尽くした。

〝大戦〟時代の殲滅兵器に蹂躙された第八聖域はその機能を完全に失い、魔王の同胞はらから屍人ゾンビの巣窟と化している。

 以来この五年の間に二度、クリフハートライゼンは〝革命〟を行い、二勝一敗で勝ち越している。

 そして二週間前、彼は再び〝革命〟を行った。

 前回の〝革命〟から一年と三ヶ月の時が経過している。


「感心しませんね。祓魔士が私利私欲に駆られるなんて」


 渋面を刻みながらオラリオ。

 クリフハートには生死問わずDead or Aliveで30億ダラーという莫大な賞金がかけられている。


「そう? こんな世の中ですもの。お金の方がずっと御利益があると思うけど」

「不敬ですよ」

「≪剣≫を神サマは守ってくれない。そんなら、お守りは沢山あった方がいい。そうでしょ?」


 意地悪く笑い、エリザは答えた。

 祓魔士は主神アドニアの剣。神に代わって不浄を祓う者。

 何の後ろ盾もない孤児が〝神々に試練を与えられた選ばれし者〟としてその任に就くことが殆どである。

 御大層な御言葉で装飾されてはいるが、とどのつまりはいつ壊れても良い変えの利く消耗品。

 殺生の中で生きる身分であるため、教会内のヒエラルキーも最下層。

 給金もなく、収入源は手配人にかけられた懸賞金のみ。

 こんな辺境の小村に派遣されるオラリオも似たり寄ったりだが、それでもエリザよりはいくらかマシ。

 そういう皮肉である。


「……では、そのお守りを少しばかり足していかれませんか」


 一度大きく嘆息したオラリオは、カウンターに一枚の手配書を広げた。


「イープ=ガープ。ここらで暴れまわっている2000万ダラーの賞金首です。彼のせいで、配給車や隊商キャラバンもここらに寄り付けません。〝革命家〟の100分の1にもなりませんが、彼のアジトには燃料ガソリンもあるでしょう。……いかがです?」


そう問うオラリオのくすんだ瞳を二秒だけ見据え、エリザはため息交じりに首肯した。


「どのみちここで立ち往生するわけにはいかない。いいわ、引き受けてあげる」


 エリザの返答に、オラリオが安堵のため息を漏らす。


「あぁ、助かります。ここの街道を通ることができれば、娘を医者に診せてやれる」


 聞けば、オラリオの娘は肺を患っているらしい。


「今は定期的に薬を飲ませることで誤魔化していますが、容体は徐々に悪くなる一方でして。どうか娘のためにも、よろしくお願い致します」


 深々と頭を垂れるオラリオの旋毛を気だるげに見据え、


「そいつのアジトは?」

「あ、お待ちください。今ナビ情報を……」

「ウチの車、ナビ積んでないの。これに書き込んで」


 懐から端末を取り出そうとするオラリオを制し、エリザは自前の地図を押し付けた。

 オラリオが四苦八苦しながら村の位置とアジトの位置を書き込んでいる間に、手配書に目を向ける。


 イープ=ガープ

 身長:230cm(推定)

 聖歴343年より第十一聖域辺境区配送団を襲撃

 懸賞金:$20,000,000(死亡の場合$10,000,000)


 手配写真の中では、炎のように赤い髪と立派な髭を蓄えた強面の男が、こちらを見据えて獰猛に笑っていた。


「こいつ、魔術持ち?」

「いいえ。ただ、左腕をガトリング付の機鋼義手オートアームズに改造しています」

「仲間は?」

「詳しくは……。でも、20人前後かと」

「そう、分かったわ」


 オラリオから地図を受け取ると、エリザは席を立つ。

 その後ろをロディが続く。


「よろしくお願いします」


 深々と頭を下げるオラリオに背中越しで手を振り、店を出た二人は車を走らせた。

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