お姫様の学園生活~婚約破棄への第一歩~
高瀬さくら
1.婚約破棄への第一歩
1-① 眼鏡スーツとイケメンチャラ男
大滝蓮、文武両道の私立文化鳳凰学園高等部二年、バスケ部スタメン。
スポーツ推薦ながら理系の成績はそこそこ、身長は百九十八センチ、祖母がフランス人のイケメン、女子に困ったことがなく言い寄る女子は数知れず、来るモノ拒まず、去るモノ追わず。
そんな彼の周りからの評価はチャラ男。
――その彼が恋をした。
大きくため息をつく。見下ろすのは、中間テストの答案用紙だ。
「物理なんて大嫌い」
数学も物理も科学もきらい。数字が苦手、意味が不明だもん。
そう呟いて悠花は補講へと導いた赤い数字――採点を見下ろす。三十六点、最低だ。でも予想していた。全然わからなかった。
外階段の踊り場で答案用紙を眺めて大きくため息をもう一度つく。
「補習なんて受けたって、どうせわからないもん」
放課後に補習が入ったなんて。なんて言えばいいのだ、あの人に。
あの態度を思い出して大きなムカつきが胸をこみ上げる。答案用紙を投げ捨てたくなって、振り上げたその時、大きな風が吹いた。
え。ッと思った瞬間、簡単にそれは持っていかれていた。
テスト期間中は、放課後の部活は休みだ。自主練も禁止。けれど鍵があれば体育館なんて勝手に入れるもの。
(少し、自主練していくっすかね)
誰かが開けているかもしれないのを期待して、体育館への渡り廊下を歩んでいる時に、不思議なものを見つけた。
「……白」
健全な男子ならば、最初に目がいくもの。なんで、とかよりも取り合えず観察してしまう。太くないし、肌も綺麗だし、毛深くもないし。……好みだ。
形もいい、尻から太腿にかけての無駄なぜい肉もついていない。と、大きな風で木が揺れてその身体がかしぐ。
「や、やだ!!」
揺れる梢に叫ぶ声。白い下着が垣間見えるその身体の持ち主に後ろから声をかける。ようやく、何してんだろ、とかなんでそこにいるのか、と疑問がわいた。
「――何してんの?」
「や、やだっ……見ないで!!」
びくり、と大げさなほど驚いた声の持ち主が、振り向いて叫ぶ。そして蓮の姿を見て更に叫んで、手でスカートを押さえようとする。
「あ、危ないっ」
「きゃ、っああ」
木の股を両足で挟んで、枝先に手を伸ばしていたけれど、その手を離せば当然身体が回転する。ぶら下がりそうになって慌てて捉まった彼女にさすがに蓮も慌てる。
「ちょ、何やってるんの」
「だ、だって、見ないで!」
「いや、それどころじゃないでしょ」
「だから見ないで!!」
泣きそうな声で言われたらそうするしかない。
「見てない、見てないから!! 後ろ向いてるから」
さっき見たけど。それは言わずに後ろを向いて大人しくしていると、ようやく静かになる。
そろりと伺えば、どうやってかスカートを直し、枝につかまり半身をこちらに向けた彼女と目が合う。
(あ、かわいい)
顔は童顔。美人系が好きな自分の好みとは外れる。でも泣きそうな顔はちょっといい。ピンチなのは変わりないけど、しっかりと枝につかまったままでなす術もなく途方にくれているのもいい。
助けてあげるかどうするか、なんてちょっと意地悪なことを考えたくなるのは、興味を持った証拠だ。
「ていうか、なにやってんの」
そう言いながらも、枝先を見れば白い紙切れが引っかかっている。
「アレ? 取ろうとした?」
訊けば返事がない。
「取ってあげようか?」
「いい!! いいから!」
その激しい拒否が肯定。手を伸ばそうとすると、また彼女が動き枝が揺れ叫び声がひびく。
どうやら、先にその紙を取ればいつかは落ちるのは明白。というか、いずれ落ちるんじゃないかなと思う。
だって、運動神経はよくなさそう。
でもなんで登れたんだか。
「わかったっスよ。というわけで、ハイ」
手を広げれば、彼女はいぶかし気な顔。それに吹き出すのをこらえて、蓮は手を広げ続ける。
「こんなこと、めったにしないよ」
「まさか、降りて来いって言うの!?」
「だいじょうーぶ。受け止めるから」
「むり、むりむりむり!」
「でも、そのうち落ちるよ」
手がプルプルしてる、猫が木から降りれなくなって鳴いてるって聞いたことはあるけど見たことはない。でも、そんな小動物よりかわいいんじゃないかって思う。
「だって! 無理」
「無理じゃないって」
目測で高さは三百メートルくらい。たぶんゴールの高さと同じくらい。ならば平気だろうと思った。
「私、……おもいよ」
ぷっと吹き出しそう。その言い方もカワイイ。
「ちょ、笑わないで!!」
彼女が叫んだ途端に、枝が揺れる。そして滑ったのか手が外れる。
その瞬間はスローモーションのようだった。重くはなかった、ぽすんと腕の中に納まった。
(あ、いい感じ)
まるで、ボールが腕の中に落ちてきた感じだった。来るべきしてきた、そんな予感に胸が高鳴る。そしてぎゅっとつぶられていた目が開いた。
その瞬間――恋に落ちた。
「
昼休み、彼女の情報を集めるべく友人の高橋と、大木にその話をしたら、あっさりと名前が返ってきた。
「そ。蒼井会のお嬢様。関東一帯の病院、施設からホテルリゾート、レストランまで幅広く経営している会長の一人娘。地元じゃ家は葵御殿と呼ばれて有名だけど、お前そういやここの出身じゃねーもんな」
「ふーん」
それで妙に浮世離れしてるっていうか、可愛いのに男子慣れしてなくて、擦れてないのか。
ちなみにあのあと、物理のテストを拾ったら真っ赤になって泣きそうになって、でも怒られ、最後には自分が悪いのに怒ってゴメンとありがとうと謝罪とお礼が返ってきた。
「じゃあデートして」と言ったら、真っ赤になって行かれてしまったから、何も聞けずじまい。
ただ、こうやって情報が簡単に手に入る有名人なのに、なんで今まで知らなかったかというと、自分から女子の情報を手に入れに行ったことがなかったから。
「なんで? お前が女の事聞くの珍しい、ってかはじめてじゃん?」
「あ。俺、あの子のこと、好きになったから」
そう言えば、昼飯を食べていた友人が吹き出す。それをしり目に立ち上がり、フェンスにへばりつく。
「あれ、なんで!?」
視力は2.0以上。屋上から見えた姿に蓮は立ち上がる。
目を引いたのは校門に乗り付けた車が黒塗りのベンツというのもある。
門へと向かう悠花の姿を見て、フェンスに張り付いた蓮は運転席から出てきた男に目を留める。
「お嬢様は、お迎えかよ」
それなりの私立校のため、車で送迎されている生徒はたまにいる。
(なーんか変だよな)
蓮は違和感にフーンと呟いた。わざと男を無視しているような、避けているようなその態度。まるで――いやがっているような。
「てか、帰宅早いだろ」
学年は自分と同じ二年と聞いた。不審そうに言う隣の大木の言葉を聞き流す。気分が悪くなったとかでもなさそう。
「金持ちだろ、事情あんじゃね?」
「金持ちなんでいくらでもいるだろ」
「――あれだよ。有名人じゃん、それじゃねえの? 習字やってんじゃん」
行ってしまった車に、後ろの友人達を蓮は振り返った。
「は? 習字? 部活?」
「あー習字じゃないだろ。書道?」
「バカ、書家ってんだよ」
笑い合う友人達に蓮は眉をひそめた。
「――物理で赤点を取られたとか」
いつも車の中は嫌な気持ちでいっぱいになる。気まずいのとも違う、腹が立つのとも、イライラとも違う。ただ居たくない、それを何と言えばいいのだろう。
ましてや、自分の成績のこと。黙っていようかと思ったが、悠花はため息を我慢し「そうです」と平坦に答えた。声に苛立ちを混じらせれば子どもの癇癪のようだし、そもそも彼には何の落ち度もない。
すべては自分が悪い。ただ、成績のことを持ち出さなくてもいいのに、とも思う。彼には何の関係もないのに。
「あなたには何の関係もないでしょう。野宮さん」
「そうですね。――直接は」
それに腹が立つ。やっぱり腹が立つ、だ。この感覚は。
「間接的に会長に多少の報告が必要になった時には、事実を知っておかなくてはいけないので」
「お父様が私の成績に興味を持つとは思えない」
「それにスケジュールに影響します」
だったら、あなたがうまく調整して、という嫌みを呑み込む。彼に責任はない。
「東北の翼ホテルの開業レセプションパーティーにあなたも出席します。今後、補習でスケジュールを変更する羽目になりませんように」
「――わかってます!」
声が荒くなる。わざわざ念を押さなくったって。
「別に会長は、学業において優秀な成績を求めていませんよ」
「……知ってます。女に成績はいらない、でしょ」
むしろ、成績がいいと嫁に行けなくなるから学業をするな、という今どき古い化石のような人だ。
「別に私は、大学まで行ってもいいと思いますがね」
「……あなたの許可があれば行けるのね」
嫌みのつもりが、声に感情が混じってしまう。なんでこんな寂しげな声になるんだろう。
「そうですね、俺が認めればできるでしょう」
「私はあなたを認めたわけじゃない」
「ずっと前から決められていますよ、あなたと俺の婚約は」
悠花は口を引き結んで、窓へと顔を向けた。
運転席の野宮は会長である父の後継者だ。悠花は小学生の時に婚約者として決められているのを知ったが、婚約がいつからかはわからない。
前はそんなものだと思っていた、でも彼といると無性に腹が立つようになったのは中学生頃から。子どもの自分を八歳も歳上の彼が好き好んで相手に選んだとは思えない。
いちいち思い知らせてくるのは嫌がらせだろうか。
「それから明日の放課後のスケジュールに個展の打ち合わせがあります。
悠花は目を見開いて、それから無表情をとりつくろい「わかりました」と返事をした。
全然とりつくろえてないのはわかっていた。でも、くやしい。
「あなたを、管理するのは――俺ですよ。あなたが嫌でも」
「わかってるって言ってるでしょ」
棘のある言葉で、そちらを見ずに答える。
「悪いようにはしてない、つもりなんですが」
「――言葉も態度もすべてが嫌」
あなたも嫌。そこまで喉の奥に出かかったのを呑み込む。
そこまでじゃない。でも、彼はそう感じてしまったのだろうか。
車の中が静かになる。雰囲気が気づまりになる。こんなふうに感じるのは悠花だけで、彼はなにも感じていない。
そういつも思っていたけれど。
時々、視線を感じる時がある。今日も、なんとなく視線を感じて運転席を見たが、彼は眼鏡をかけた瞳を前に向け悠花には一瞥もせず運転をしていた。
――バカみたい。キツイ言葉をはなったこと、雰囲気が悪くなったことを気にしているなんて。
だから、また窓の外へと視線を戻した。
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