第99話 私たちの、居場所

 お正月、大輔さんのご両親に挨拶に行くことになった。

 前の晩は緊張のせいであまり眠れなかったよう……。

 ガチガチに緊張して、「こここんにち、あ、あけましておめでとう、ござ、ござ」ってどもりまくったら、大輔さんは爆笑していた。


「大丈夫、大丈夫。うちの親相手にそんなに気を使わなくていいから」

「大輔、失礼なことを言わないの」

「こんにちは。大輔から、あなたの話はよく聞いてますよ」

 優しそうなお父さんとお母さんだ。お母さん、つまり鈴ちゃんのおばあちゃんには、こども食堂で何回か会ったことがあるけど。


「鈴も、葵さんのことを大好きみたいで、教室から帰って来たら、ずっと葵さんの話ばっかしてるんですよ」

 お母さんは優しく微笑む。

「先生、あけましておめでとうございます」

 晴れ着姿の鈴ちゃん。うっ、か、かわいいっ。


「あけましておめでとうございます。鈴ちゃん、着物、似合ってるね」

「でしょ? おばあちゃんが買ってくれたの」

「そうなんだあ。よかったね」

 鈴ちゃんに引っ張られるように家に入る。

 ベージュ色の外壁の、こじんまりとした一軒家。一目見て、手入れが行き届いてるって分かる小さな庭もある。大輔さんは、ここで子供のころからずっと育ったって聞いた。

 

 大輔さんのお母さんが作ったお雑煮を一緒に食べて、おせち料理も食べた。

「私が作ったのは、なますだけ。昔は大みそかから全部作ってたこともあったけど、年をとると長時間台所に立つのがつらくなっちゃって。それに、おせち料理って、よくよく考えてみると、あんまりおいしくないわよねえ」

「まあね。鈴も栗きんとんと煮豆と伊達巻しか食べないし」

「だから、今はデパートで買うことにして。葵さんの家では、おせち料理はどんなのを食べてたの?」


「あ、うち、うちはおばあちゃんが作ってくれて、それを食べてました。こんな風に豪華なのじゃなかったけれど」

「あら、おばあさんのおせち料理なんて、最高じゃない。やっぱり、年配の方はそういうのを作るのが上手だから」

「鈴、栗きんとん、もっと食べる~」

「ハイハイ。ちょっと待ってね」


 大輔さんとお父さんは、お屠蘇を飲んで、顔が既に赤い。

 5人でこたつを囲んでワイワイと食べる。もしかしたら、こんなお正月、初めてかもしれないな。子供のころはどうだったっけ? おばあちゃん家でお正月を迎えても、お父さんとお母さんがそろって、みんなでおせち料理を食べたことはなかった気がする。


 おせち料理を食べ終わったころ、「カルタをやりたい!」と鈴ちゃんが言い出した。

「カルタ、どこだっけ」

「確か、どこか引き出しに入れてたんじゃなかったっけ」

 大輔さんは鈴ちゃんを連れて、カルタを探しに行ってしまった。

 ご両親と私だけ。こういう時間、気まずい。えと、えと、何か話題。


「葵さん、あの子をよろしくお願いします」

 急にお母さんがかしこまって、頭を下げた。

「え、いえ、そんな、こちらこそ」

 私も慌てて頭を下げる。

「ホントに、大輔は人が良すぎて……鈴も、あの子が面倒を見る筋合いなんてないのに」

「おい、余計なことを」


 お父さんが止めても、お母さんは「だってねえ。血がつながってない子を育てるなんて、あの子、わざわざ大変な道を選んじゃって。ホントに」と、目に浮かんだ涙を指で拭う。

 えと。どういうことだろう。血がつながってない?

 私が固まってるのを見て、お父さんは私が何も知らないと気づいたようだ。


「その様子だと、何も聞いてないんですね。これはうちらから聞いたことは伏せておいてほしいんだけど、実は、鈴は大輔とは血がつながってないんですよ。前の奥さんと、不倫相手との子供で。だから、育てる義務はない、あっちに任せればいいんだって、うちらは止めたんだけど、あいつは、そういうわけにはいかない、鈴とはもう何年も一緒に暮らしてるから、オレの子供なんだって。あっちに任せたら虐待されるかもしれないって、引き取るって決めて。もちろん、うちらも今では鈴は自分たちの孫だって思ってます。だけどね、そんな風に貧乏くじって言っちゃ悪いんだけど、わざわざ苦労する人生を選ぶのが、不器用なあいつらしくて。だから、葵さんにはあいつを支えてほしいんです」


「葵さんには鈴ちゃんもなついてるみたいだし、きっと、三人でうまくやっていけるんじゃないかって思って」

 そこに、鈴ちゃんが「カルタ見つけた~」と戻って来た。

「そう、じゃ、ここを片付けて、みんなでカルタしましょうか」

「オレが札を読む係になるよ」

 穏やかな笑顔の大輔さん。


 この人は。

 すごい人なんだ、ホントに。

 私は今、震えてる。大輔さんの、愛情の深さに。

 お母さんはあの時、私に言った。血がつながってる娘でさえ愛せないのに、血がつながってない子供を愛せるのかって。

 ここに、それをできている人が、いる。


 お手洗いに行くフリをして、私は洗面所でこっそり、少しだけ泣いた。

 神様。大輔さんに出会わせてくれて、ありがとう。

 よかったね。大輔さんに出会えてよかったね。そう鏡に写る泣き顔の私に語りかけた。



 夕方、駅までの道を大輔さんは送ってくれた。

「いいご両親だね」

「そうだね。鈴のこともよく面倒見てくれるし。いろいろ心配かけっぱなしだけど、受け入れてくれてるって言うか……オレの頑固さに諦めてるのかもしれないけど」

 ハハ、と自虐的に笑う。


 私は足を止める。

 大輔さんが振り向いたタイミングで。

「私、ホントに大輔さんと家族になってもいいのかな」

 大輔さんは目を丸くする。

「え、どういう意味?」

「その、私、2年間ミニチュアを作れなかったのは、その」

 あのことを言わないといけない気がして。


「うん、それは、知ってる」

「え」

 大輔さんは、フッと顔をゆるめた。

「こども食堂で葵さんが小説のカバーのミニチュアを作ったって聞いて、ネットで調べたら、いろいろ出て来て……作品を盗まれたって。その人と葵さんは、ワークショップを一緒にやっていたって。たぶん、その人とつきあってたんじゃないかなって気はしてて」

 そうなんだ。圭さんとのこと、知ってたんだ。

 え。それなのに、


「それなのに、私と?」

「うん。だって、葵さんは何も悪くないだろうし、葵さんがいろんなつらい思いをしながら、何とか乗り越えようとしてるのは、見てて分かったから。オレは、そんな葵さんを見て、好きだなって思ったから」


 涙で、大輔さんの顔がにじむ。夕焼けで、紅く染まっていて。

「よかった~。うちの親に会って、やっぱり一緒になれないって思ったのかと思った」

 心底、安心したような顔の大輔さんを見て、私は「そんなこと、ないよ」と泣き笑いになる。


「私、大輔さんと鈴ちゃんと、家族になりたい。ずっと一緒に暮らしたい」

 大輔さんはとびきりの笑顔になる。

「うん。そうだね。家族になろう。一緒になろう」

 差し出した手に、私の手を置く。包み込む、温かな手。ずっとついて行こう、この人に。


 血のつながってない3人が、家族になる。

 それでも、きっと、私たちは寄り添って、支えあって、一緒に生きていけるだろう。

 そんな愛の形も、あると思うんだ。

 


 夕焼けに染まる道路に、二人の影が伸びる。

 その影が重なり合って、1つになる。

 この先、絶対に、離れないように。

 何があっても、離されないように。


 

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