第85話 ステップ・バイ・ステップ

 2回目のワークショップは一気に7人増えた。

 1回目のワークショップを受けた子供たちが、あちこちで「面白かった」「こんなの作れたんだよ」と言って回ったので、「私もやってみたい」という子が増えたんだって。初めてこども食堂に来る子もいるみたい。


 一昨日、目黒さんから連絡が来た時は、「え、それって、初回の子と2回目の子を同時に教えなきゃいけないってことですか?」と戸惑いを隠せなかった。

「そうなるわねえ」

「さ、さすがにそれはちょっと。せめて2回に分けるとか」

「うーん、でも、1日に2回教えるのは葵さんが大変じゃない?」

「え、ええ。日にちを分けて、とか」


「それはちょっと難しいわねえ。私も他の活動があるから、ワークショップの日を増やすのは、ちょっと難しくて」

「そうですか……」

「もっと人数が増えたら回数を分けたほうがいいかもしれないけれど、今ぐらいなら一度でやってしまったほうが、葵さんも何度もここに来なくていいんじゃないかしら」

「ま、まあ、そうなんですけど」

 そんな風に押し切られてしまった。


 そこからバタバタと7人分の準備を追加して。どうやって初回組と2回組を同時に教えるのかも、シミュレーションして。

 初回も十分カオスだったのに、今回もカオスになる予感がするなあ。

 そんな風にミニチュアのことばかり考えていると、お母さんから「なんか、大丈夫そうね」と言われた。


「葵はやっぱり、そうやってミニチュアのことをいろいろやってるのが、一番合ってるんじゃない?」

「そうかな」

「私も仕事見つけたから。来週から、フィットネスクラブのフロントをやることになった」

「えっ、そうなの!? よかった~」

「何、あからさまにホッとして。私が生活費を出さないと困るって思ってるんでしょ?」

「うん。今の私じゃ、二人分なんて稼げないし」

「でしょうね。だから、私もフルで働くことにした」

「おお~。頼りにしてます」


 あれ、なんか、お母さんと普通に会話してる。

 もしかして、いろんなことを乗り越えたんだろうか。

 お母さんとも、やっと普通にやっていけるってことなんだろうか。それなら、いいなあ。

 この4年半を埋めることはできないけど。ここから普通の親子になっていければ、どんなにいいだろう。



 ワークショップの二日目。

 一応、初回組は前のほうに座ってもらって、座る場所を分けたんだけど、30分もするとぐちゃぐちゃになった。まあ、そうなる気もしてたけどね。フッ。

 たっくんが初回組の子に、「ここはこうするんだよ」と教えに来たり、初回組の子のなかには、「おにぎりより、ミニトマトを作りたーい」ってごねる子もいたりして。

「おにぎりを早く作ったら、ミニトマトも作れるよ」


「おにぎり白いからつまんない」

「オレのおにぎり、青いよ」

「何それ、きもーい。おにぎりじゃないじゃん」

「元気玉おにぎりだもん」

「青いおにぎりなんておかしいよ」

 私は二人の間に割って入った。


「ねえ、たっくん、自分のを作らないと、お弁当できないよ?」

「だって、おにぎりしか弁当箱に入らないんだもん」

 ハイ、その反応、待ってました!

「ハイ、これ、アルミホイル。これでおにぎりを巻いてみて? そしたら、お弁当箱に入らなくても大丈夫だから」

 たっくんに小さく切ったアルミホイルを渡すと、目をぱちくりさせる。あ、アルミに包んだおにぎりを見たことないのかな?


「こういう感じで包んで、おにぎりをちょっとのぞかせたら、中身が分かるでしょ?」

 試しに1つ包んでみせると、「これは弁当箱に入れなくていいの?」と、まだよく分からないようだ。

「うん、お弁当箱にはおかずを詰めて、おにぎりは別にすればいいの。私は高校の時、こうやってお弁当箱の上におにぎりをのせて持って行ってたこともあるんだよ」

「ふうん」


「えー、いいなあ、たっくん。おにぎりをお弁当箱に入れなくていいなら、おかずをたくさん作れるし」

「ええー、私は全部お弁当箱に入ってるほうがいい」

「それじゃ、オレもおかずを作っていいってこと?」

「そういうこと」

 たっくんはようやく合点がいったみたい。もう1つもアルミに包むと、ミニトマトをつくり出した。まあ、やっぱりミニじゃないけど。


 リンちゃんは今日も黙々と作ってる。まわりでみんなが走り回ってても、わき目もふらずに。すごい集中力だなあ。

 今日は何とかアスパラガスまで行った。ちなみに、アスパラガスは子供に大好評。心、ありがとう✨ 

 初回組はおにぎりとミニトマト。二回目組は、何とか後1回で終わりそうかな。


 子供たちは、今日もにぎやかに帰っていく。

「あら、ちゃんとお弁当できてきてるじゃない」

「すごい、うちのお弁当よりおいしそうにできてる」

 迎えに来たお母さんたちは、感心している。子供たちは誇らしげに親御さんに見せていた。


「こんにちは」

 男の人がリビングに入って来た。紺色の制服っぽい服を着てる。とたんに、リンちゃんが勢いよく立ち上がって、駆け寄った。リンちゃんのお父さんかな。

「あら、今日はお仕事、早かったんですか?」

 目黒さんの言葉に、「ハイ、今日は早く終わって。リンが、先週からずっとお弁当の話ばっかしてるんですよ。だから、一度見に来たくて」と、ちょっとぽっちゃりした体型の男性は穏やかに答えた。


「パパ、今日はミニトマトとアスパラ」

 リンちゃんがお弁当箱を見せる。

「おー、着々と埋まってるね。上手にできてる」

「でしょ? ミニトマトにもお顔をつけたんだよ」

「うお、ホントだ。細かいな~」

 お父さんが顔を上げた時に、目が合う。反射的に頭を下げると、お父さんもペコリとした。


「リンから話を聞いてます。先生の教え方が上手だって。この1週間ずっと、おにぎりの話ばっかしてたんですよ。白猫と黒猫にすればよかったとか、子猫も作ればよかったとか」

 そんなにおにぎりにハマってくれていたとは! 嬉しすぎる!!


「あ、ああの、リンちゃんは、すっごい集中力で、周りでみんなが騒いでても、ずっと作り続けてるから、すごいなって。今日のミニトマトも可愛いですし」

「そうなんですか? リン、褒められてよかったね」

 リンちゃんは恥ずかしそうにして、お父さんのスラックスの陰に隠れてしまった。なんか、子供のころの私みたいだな……。

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