第5話 リアル焼きそば作り

 土日は時間があるから、家から二駅先にあるショッピングモールで、入学直後からバイトをしている。

 うちはお金に困ってないけど、ミニチュアの材料を買うたびにお小遣いをもらうと、お母さんはあんまりいい顔をしない。中学の時は「まだ、そんなのやってるの?」と何度も言われたから、買いたいものをかなり我慢してたんだ。どうしても足りない時は、お父さんにお小遣いをもらったりしてた。

 だから、高校に入ったらバイトをしようと決めていた。お母さんは、それもいい顔をしなかったけど、お父さんが「社会勉強にいいじゃないか」と味方になってくれた。

 バイト先に選んだのはお弁当屋さん。時給が1000円で他のお店よりちょっと高いし、何より、半額でお弁当を買えるから。


 お弁当屋さん「はなまる亭」は、ショッピングモールの地下の食料品売り場の一角にある。隣はパン屋で、前はお寿司屋さんだ。

 はなまる亭はすべてを手作りしているのがウリで、パートのおばさんたちが朝から調理場に入って作っている。私はお弁当を詰めたり、接客するのがメインのお仕事。接客と言っても、お客さんが選んだお惣菜をパックに詰めたり、会計をするぐらいだから、コミュ障の私でも何とかできる。

 ランチ時や夕方になるとものすごく混んで、お客さんをさばくのが大変。最初は軽いパニックを起こして、ミスをいっぱいして、店長さんに怒られてばっかだったけど、一か月も経つとようやく慣れてきた。


「葵ちゃん、今すいてるから、焼きそば作ってみない?」

 パートの市原有美さんが、売り場に立っている私に声をかけてくれた。

 市原さんはベテランのパートさんで、10年ぐらいここで働いているって話していた。ショートカットでサバサバしていて、私をよく気にかけてくれる。私は市原さんが好き。こんなお母さんだったら、家の中も明るくなるんだろうなあって、いっつも思ってる。

「えっ、い、いいんですか?」

「うん。店長さんにも、葵ちゃんに調理を少しずつ教えてくれって言われてるから。ここで覚えて帰ったら、家でも作れるでしょ?」

「ハイ!」

 調理場に入ると、すでに焼きそばの材料は用意してあった。

「うちは焼きそばが売れ筋商品だから、朝のうちにキャベツと玉ねぎはカットしてタッパーに入れておくの」

「玉ねぎ‼」

「ん? どうしたの?」

「い、いえ、な、何でも」

 玉ねぎを入れるって発想、なかったなあ。でも炒めたら茶色になるから麺との違いが分からなくなるか。別に入れなくてもいいかな。

「野菜類は、ここの冷蔵庫に入ってるから。売り場に出てる焼きそばがなくなったら、ここから出して作るのね。このパックに入ってるのが豚バラ」

「豚バラ! ……そっか、肉を入れるの忘れてた」

「え? 何?」

「いいいえ、何でも」

 ダメだ、すぐにミニチュアに頭がいっちゃう。集中、集中!


 私はエプロンのポケットからメモ帳を取り出して、メモった。スマホは休憩室では見てもいいけど、売り場と調理場では見てはいけない決まりになってる。前、売り場でスマホをずっといじっていたバイトがいて、店長さんが1時間ぐらい怒り続けたって話を聞いたことある。

「豚バラは一人前で200グラム使っちゃダメよ。50グラムずつ。これも切ってあるでしょ? 50グラムは、大体これくらい。分からなくなったら秤で測ってもOK。秤で測るときは、直に置いたらダメ。こうやってラップを敷いてから、測るの。うん、48グラムだから、よし。ここまではいい?」

「ハイ」

 豚バラ50gぐらいと大きくメモに書いて、丸で囲った。

「作るのは、慣れるまでは1人前ずつね。この小さなフライパンを使って。火にかけて、熱くなってきたら、ここにある油を塗って。最初は豚バラから」

 四角く切ってある豚バラをフライパンに入れると、ジュッという音とともに、たちまち色が変わった。お肉が焼けるいい香りが鼻をくすぐる。

「火は中火ぐらい。豚肉はしっかり火を通すこと。これがポイントね。豚肉は寄生虫やウィルスがいる場合があるから、しっかり火を通して殺さないといけないの。生っぽいぐらいなら、炒めすぎてるほうが、まだいいぐらい。色が変わるまで、両面を返しながら炒めてね」

 市原さんは、菜箸で素早く肉を裏返していく。


「豚肉に火が通ったら、次はキャベツ。普通は玉ねぎから炒めるけど、キャベツは意外と火が通るまでに時間がかかるのね。だから、私は先に入れちゃう。キャベツはガバッと一掴み。私の手は大きいから、葵ちゃんの手でちょうどいいぐらいかな。で、キャベツがしんなりしてきたら、玉ねぎをこれぐらい入れて。で、玉ねぎが透き通るまで炒めること。野菜は多めになっても大丈夫。でも、肉は多めにしたら店長さんに怒られるから、肉の量だけは50グラムって覚えておいてね」

「ハイ」

「で、野菜に火が通って来たら、端に寄せて、油を引いてから、焼きそばを入れて、軽くほぐします。これで1分ぐらい焼いてから、麺を裏返す。このときは、麺はいじらなくていいから。で、また1分ぐらい経ってから、このソースを大さじ3杯、全体にバーッとかけて。それから、麺をほぐしながら野菜とからめていく。麺の色を見て、薄いのなら、ソースを足す。うん、これぐらいでよし」

 火を止めると、できあがった焼きそばをフードパックに入れる。

「これに、このタッパーに入ってる紅しょうがを添えて、青のりを振って、ハイ、完成」

 市原さんが作った焼きそばは、見るからにソースたっぷりって感じで、おいしそう。

 うん。やっぱり、茶色をもっと濃くしたほうがおいしそうかもしれない。スマホで焼きそばの画像を見ながら作ればよかったな~。やり直そう。


「それじゃ、次は葵ちゃんが作ってみて」

「ハ、ハ、ハイ」

 フライパンに油を熱して、豚バラから炒めはじめる。

「そんなにひんぱんにひっくり返したら、火が通るまでに時間がかかっちゃう。色が変わって来たらひっくり返すぐらいでいいの。もうちょっと火は強めかな。次はキャベツね」

「あっ、焦げちゃった!」

「少しぐらいなら大丈夫。最後にソースかければ、分からなくなるから。あんまり焦げたら、最初からやり直しね。あ、麺、そろそろひっくり返さないと」

「あっ、フライパンにくっついてるっ」

「ちょっと油の量が足りなかったかな。この木べらを使ってはがして」


 二人でワイワイと作りながら、私は「楽しい♪」って思った。

 お母さんとこんな風に、キッチンに立てたらな。きっと楽しいんだろうな。

 何とか、焼きそばを作り上げた。

 市原さんのに比べると、見た目はベターッてしてて、あんまりおいしそうじゃない。ソースが足りなかったみたいで、色も残念な感じだし。

「初めてでここまでできれば、上出来上出来!」

 市原さんは肩をポンポンと叩いてくれた。

「これは、自分でお昼に食べてみたら?」

「えっ、いいんですか?」

「うん、売り物にはできないから、練習したのは食べてもいいってことになってるの」

「ありがとうございます」


「普段、あんまり料理はしない?」

「ハイ……」

「学生さんは勉強が忙しいもんねえ。家の焼きそばは、ソース? しょうゆ?」

「えっ、うーん」

 私は返事に困ってしまった。家でカップ焼きそば以外を食べた記憶がないからだ。

「家では、あ、あんまり、焼きそばを食べ、なくて」

「そうなの」

 市原さんはそれ以上追求しなかった。

 そうなんだ。市原さんは、あんまり人のことを根掘り葉掘り聞いたりしない。でも、怖い店長にも言いたいことは言う。カッコいい大人って感じで、憧れるなあ。私がどもってても、何も感じてなさそうだし。


「そうだ、今度の日曜日、8時から入れる?」

「は、8時、ですか?」

「その日は、うちの息子の野球の試合があるのね。私の代わりに早番に入ってもらえると助かる」

「ハイ、大丈夫です」

「ありがとっ」

 市原さんはホッとしたように笑ってから、「いらっしゃいませ」とお客さんの対応をしに売り場に出て行った。

 息子さんの試合の応援。いいなあ。お母さんは一度も参観日に来たことがないし、幼稚園の遠足の付き添いもおばあちゃんが来てくれた。運動会で応援なんてしてもらったことがない。応援に来てくれるお母さん、羨ましすぎる。

 生まれて初めて作った焼きそばは、味があんまりしなくて、脂っこくて、おいしくなかった。

 でも、なんか、嬉しかった。自分でも作れるんだなって思って。


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