第39話 お兄さんの正体

 結局その日は、パンツとスカートの洗濯乾燥まで終わった後。

 あの部屋……天野先輩の私室らしい……に戻ったとき。


「あ、会議は終わったわよ。決まったことは明日ウチに来なさい。教えてあげるから」


 と、笑顔で言われてしまうことで、終わってしまった。

 情けなさマックス。


 だけど……


「兄が申し訳なかったわね」


 なんか謝られた。


 ……は?


 天野先輩は申し訳なさそうな顔で


「兄がペットのモモンガを放し飼いにして遊んでいたら、そのモモンガがあなたにおしっこを引っ掛けてしまったって」


 ……やっぱりあの人、天野先輩のお兄さんだった、ってことと。

 お兄さんが、私のお漏らしをそんな嘘を吐いて誤魔化してくれたのか、ってことで。


「モモンガっておしっこをモノに掴まってするからね。嫌だったでしょ? ごめんなさい」


 頭を下げてくれた。

 嘘なのに。


 だから


「そ、そんな! お風呂使わせて貰えたし、洗濯機まで使わせて貰えたのに! とんでもないです!」


 いたたまれないよ。

 そしてこのことで、私は天野先輩が大好きになった。


 そして、家に帰って。

 部屋に戻って。


 お風呂に入って。


 ご飯を食べて。


 ベッドに入ったとき。


 ……その間、ずっと天野先輩のお兄さんのことを考えていた。

 こんなこと、はじめてだった。


 ……これが恋? って。

 生まれてはじめて、自覚した。




 次の日。


 その日は1人で天野先輩の家に行った。


 大きなお屋敷の前で、インターホンを押す。


『どなたでしょうか?』


 使用人と思われる人の声。

 私はそれに


「天野祈里先輩のゆ……友人です!」


 流石に友人と宣言するのは迷った。

 だって、向こうもそう思ってるかどうかはわかんないもの。


 だけど


『ああ、閻魔様ですね。……少々お待ち下さい』


 ……通ってしまった。

 流石にこれは、嬉しかった。




「これからは用務員さんがいなくなるので、用務員の仕事は私たちと生徒会で担うことになったわ」


 また天野先輩の私室に案内されて。

 ケーキとお茶を出してもらった。


 ……お茶。


 昨日は飲み過ぎて大失敗したから。


 今日は気を付けないと。


「とりあえず、休み明けに花壇の整備をしなきゃいけなくなったから、頑張りましょうね」


 ニコリ。

 素敵な笑顔。


 ……上に立つ人間って、こういう人でないといけないんだろうなぁ。

 それを思い知ってしまう。


「プールの掃除も用務員さんの仕事ですよね」


「そうね」


 ケーキ……生クリーム……美味しい。

 けど、あまり楽しめないというか。


 そのとき訊きたいことがあったから、頭が一杯だったんだ。


 訊きたいなぁ……

 お兄さんの名前。


 だから


「お兄さん、大学生なんですか?」


「えっと……シンヤ兄さんのことかしら?」


 天野先輩は、いきなりそんなことを訊いたのでちょっと戸惑って。

 名前で言ってしまったみたい。


 名前出されても分からないけど、そこを指摘して文句言う権利、私には無いし。

 だから


「私にお風呂と洗濯機を使わせてくれたお兄さんです」


「ならシンヤ兄さんね」


 ……ごめんなさいね。兄、3人いるからどの兄か一瞬分からなくて。

 変な言い方になってしまった。


 ……そうなんだ。

 あのお兄さん……シンヤさんが一番上なのかな? 大学生みたいだし。


 と、思ったら


「シンヤ兄さんは高校生よ。天龍人てんりゅうびと高校3年生……社会勉強の一環で、働いているけどね」


 ……へ?

 シンヤさんって高3なの?


 大学生にしか見えなかったのに。


 でも……住む世界の問題はあるけど……


 高3の男の人に、中2の女子が恋しても別に変じゃ無いよね。

 ちょっとだけ、嬉しかった。


 この恋は、年齢の問題で笑われることがないって分かったから。


「シンヤさんは何で働いているんですか?」


 流れで訊いた。

 少しでもシンヤさんを知りたい。

 そんな思いで。


 すると


「……将来、家の会社を運営するときに多分経験値になるからって言ってたわ」


 そうなんだ……

 お金持ちの上流階級の人ならではだなぁ……


 そしてまた、流れで訊く


「どんな仕事なんですか?」


 すると……

 天野先輩の表情が曇った。


 そして口にする。

 その内容に、私の表情も凍った。


「コンビニ店長よ」


 ……なん……だと?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る