第37話 ノアの大洪水

 会議で私は殆ど発言できなかった。

 多分、私は提案力が無いのかもしれない。

 世間に何かを訴えていく欲求というか。


 正しくありたいとは思って生きてるけどさ。

 多分これ、提案じゃ無いよね。

 正しいことってのは、すでに世の中にあることだもの。

 信念とは呼べるかもしれないけど。


「関谷様の権限の話をもう少し詰めよか」


「役職名が関谷様で、本質的に用務員と変わらない存在である。……これは避けるべきだと思うんですよね」


 ……私の代わりにガンガン手をあげて、自分の意見を発表しちゃう国生さん。

 前はこんな子じゃなかったような気がするんだけど……これが蚊トンボが獅子になる現象ってやつなの?


 元々、国生さんは小説を書いちゃうような子だし。

 新しい仕組みを作るための提案力は高いのかもしれない。


 まあ、そんなことを考えながら私は、ひたすらお茶を飲んでいた。


 すると……


(ぼ……膀胱が)


 パンパンになってきた。

 脂汗。我慢の限界。


 スッ、と私は手を上げる。


「何かしら閻魔さん? どんな提案?」


 ……まずい。

 提案するアイディアがあるって思われた。


 つい、学校で授業中やむ得ずトイレに行く場合を想定しちゃったよ……


 ここで「トイレに行きたいだけです」というのは流石にみっともなくて


 私はつい


「その前に、トイレ行って良いですか?」


 こんな言い方をしてしまった。




(うートイレトイレ)


 今、トイレを求めて全力疾走している私は、阿比須中学に通うごく一般的な女の子。

 強いて違うところをあげるとすれば、六道シックスプリンセスであるってことかナ。


 名前は閻魔花蓮。


 私はトイレを我慢するために、そんなことを考えながら走っていた。


 天野先輩は「突き当りの角を右に曲がってその後左よ」って言ってたけど。

 その後って何?


 分かんないのでは……?


 焦ってしまう。


 この年齢で失禁して許されるのは、地下闘技場のみだよね。

 どんどん上がって行く、膀胱限界値までのメーターの針。


 男の子だったら、多分その辺の壁でやってしまうんだろうけど。

 女の子はそうはいかないんだ。


 ……どうしよう……?


 私が困っていると


「どうしたの?」


 優しい声が掛けられたんだ。




 それは、大学生くらいのお兄さんだった。

 見た目は天野先輩に少し似てる感じがした。


 髪の毛は少し長くて、後ろで括っている。

 白い色のシャツと黒のズボンを穿いてて、良く似合っていた。


(かっこいい……)


 思わずそう思い。

 同時に


 プッシャアアアア……


 我慢し過ぎた限界が来た。

 パンツから大洪水。

 制服のセーラー服を濡らして私は床に大きな水たまりを作った。




 やってしまった……

 中学生なのに、お茶を飲み過ぎて、我慢し過ぎて。


 やってしまうなんて……


 終わった……

 しかも男の人の前で。


「えっと……」


 目の前のお兄さん、私の大失敗について


「祈里の友達かな?」


 まるで見なかったように対応してくれたんだ。




(いや……いきなり目の前で漏らされたらこういう対応しか無いのかもしれない)


 優しい人はきっと皆こうなるんだよ。

 そんなことをさせてしまうなんて……


「は……はい。そうです……」


 流れを変えることはできず、私は普通に答えた。

 顔は強張っていたけど。


 出したては熱かったパンツが。

 冷えて冷たくなっていく。


 そして同時に、私は


 自分のやってしまったことを自覚して

 泣けてきて


「うわあああああん!」


 ……泣いてしまった。

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