第36話 9月18日夜
雪彦くんが、手帳を差し出す。
もしかしたらそうかなって思ってたけどやっぱり彼だったのか。
読まれたら困るようなことをこの手帳にいっぱい書いてたにもかかわらず普通に持ち歩いてたんだから、誰かに読まれるリスクはわかってたはず。わたしは随分前から、いろんな感情を麻痺させてしまってる。
「いいの、もういらない。それ、雪彦くんにあげる」
彼は戸惑って、差し出した手をどうしていいか困ってる。
もういいんだ。もう疲れた。
彼はきっと傷ついただろう。彼が好意をむけてくれてるのは気づいてた。でもわたしにとっては彼は駒だった。千葉先生もそう。真実に近づくための駒。
わたしは志保ちゃんの自殺で傷ついた。傷ついたんだから何をしても全ては許されるって思ってやってきたけど、彼の表情を見て改めて思う。そんなわけないって。千葉先生はまだいい。成人だし、プライドが傷つくかもしれないし傷つかないかもしれない。どうでもいいし興味ない。でも雪彦くんは、わたしが守って育ててあげるべき生徒なのに。こんな振る舞いしていいわけなかった。
「傷つけてごめんね。先生、余裕がなくて。だめな教師だよね」
雪彦くんは謝られてますます困惑してる。手帳のこと、怒ると思ってたのかな。怒れるわけがない。わたしがしたことや書いていた内容を思えば。彼のこと、駒だって手帳に書いたと思う。
わたしたち姉妹はどこで道を間違えてしまったんだろう。
あの日、父と母が事故死したあの日から、わたしたちは誤った道を進んできてしまった気がする。
志保ちゃんは、いつも必死にわたしを守ろうとしてくれた。叔母さんは両親を失ったわたしたちをひきとってくれたけど、中学から志保ちゃんを寄宿学校にいれたからわたしたち姉妹は引き離されてしまった。でも志保ちゃんは頻繁に手紙をくれてわたしが大丈夫か気遣ってくれた。ずっとわたしを守ってくれてた。だからわたしは志保ちゃんみたいになりたくて、志保ちゃんみたいな教師になろうと思ってこの道を選んだ。だけど、わたしたちの関係は一方的に、志保ちゃんがわたしを守る関係だった。わたしには心を開けるのは志保ちゃんだけだったのに、志保ちゃんはわたしに打ち明けることなしに逝ってしまった。
わたしは志保ちゃんを守ってあげられなかった。守ってあげたかった。一緒に泣きたかった。いつもわたしには笑顔しか見せてくれなかったね。だから、せめて、何があったのか何で苦しんでたのか知ることが、わたしがすべきことだって思ってやってきたのに。なりふり構わず知ろうとして、それで生徒の心を傷つけるなんて、志保ちゃんに叱られちゃうな。なにやってんの美緒ちゃんって。そんなことやめなさいって。もういいからって。
ここから、飛び降りたら、全て終わらせられるのかな。
もう疲れちゃった。
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