馬券監督

須木田衆

第1話―――レジェンド


 走郎そうろう大学競馬けいば部。


 ことわっておくが、競馬と言っても乗る方でなく、の競馬である。

 回収率を競い合う全国競馬回収率選手権では毎回予選一回戦敗退の超弱小校。


 競馬部室内。


 その片隅にあるテレビ画面を、むさ苦しい男達が取り囲んでいた。


「は―――シンボリめっちゃ可愛いやん」


 名前 ふとし

 特徴 体型メタボ。ゲームおたく。


「可愛いというよりカッコいいよ」


 名前 隅夫すみお

 特徴 もやしっ子。黒縁眼鏡。


「かっこいいといえば、やっぱオペラオーだろ」


 名前 みつる

 特徴 やや体型メタボ。中途半端に茶髪。


「お前らいい加減にしろ」


 背後から聞こえた声に三人が振り返った。


「部室を私物化してんじゃねぇよ」


 名前 さとる

 特徴 競馬部主将。黒髪サラサラ。多分イケメンなほう


「なんだよ……。悟かよ。今いいとこなんだから、邪魔すんなって」

 

 太が面倒くさそうに言葉を漏らしたその時だった。


「たるんどるな。二次元ゲームなんぞに、うつつを抜かしおって」


 突然、悟の背後にある開いたドアから、黒いジャンパーを着た中年男性が姿を現した。


「あ……あなたは……」


 大柄な太が何かに気づいたように目を見開く。


「ま……まさか、あの獣心じゅうしんタイガースを38年ぶりにプロ野球日本一に導いた……」


 黒縁眼鏡の隅夫の表情に驚愕の色が走る。


押田おしだ監督!?」


 三人の吃驚した声が部室内に響き渡った。


「……何故、そんな重鎮がこんな場所に……」


 状況が呑み込めないように、充がまばたきを繰り返す。

 すると、押田監督は両手をジャンパーのポケットに突っ込んだまま口を開いた。


「元々わしは、ここの競馬部の選手やった。そこでを元に他校へ転校し、野球へ転向したんや」


「えっ……転校して……野球に……転向?」


 訳がわからないように、太の視線が目まぐるしく動く。


「と……とにかく才能がエグイことだけは、よくわかった……」


 気圧されたように充が呟くと、隅夫が訝しげに眉をひそめた。

 

「でも……なぜ、そんなレジェンドが?」


 主将である悟がその問いに答えた。


「俺が呼んだんだよ。このままでは部の存続も危ういと思ってな」


 押田監督は神妙な表情で語り始めた。


「わしはこの部に誇りを持っとる。でも、今の君らの有りようを見て、ほんま悲しなったわ」

 

 監督は傍にあった長机の上に並べてあるたちのフィギュアやポップを一瞥すると、突然、我慢できないように自身の両手を机上に叩きつけて声を荒げた。


「競馬部の端くれやったら、夢の帯封おびふうをゲットするために日々奮闘せんかい!」


 その恫喝に完全に呑まれたように、三人が一斉にうつむいて押し黙った。


 部室内に気まずい沈黙がしばらく流れると、やや茶髪の充がぼそっとぼやくように呟いた。


「……なんか、俺達、馬券を買うことに疲れちゃったんですよ……」


 それを聞いた主将の悟が唖然とした表情で目を見開いた。


「お前……それ言っちゃ元も子もないだろ……。つーか、そもそもなんでまだ競馬部に所属してんだよ……」


 その様子に耐えかねた押田が忌憚きたんなく言い放った。


。部の面汚しになるだけや。自分らで勝手に二次元オタクゲーム倶楽部でも作っとけや」


「どうする? 作る」


 充が隣にいた隅夫に真面目な表情で問い掛けた。


「えぇ……そこまでしようとは……。なんかめんどいしなぁ……」


 隅夫が眉根を寄せながら逡巡すると、


「本気で考えてんなよ!」


 主将の悟が前のめりになって焦りの声を発した。

 すると、それを片手で制しながら押田監督は不敵な顔で道破どうはした。


「まぁ、ええわ。辞めるにしても、一競馬部員としてのプライドがあるやろ? 去る前に、その腕前を見せてもらおうやないかい」

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