二日目『煮詰まったから釣りしようぜ』
2日目の朝の事である。友人はかく言った。
「福岡観光、もう煮詰まってきてね?」
完全に仰る通りである。正直博多、天神は狭い。一日あれば見回れる。
「んじゃあ?今日の予定の太宰府はええのん?」
「…せやな。そんな気分ではない」
「んじゃあ?どんな気分の訳?」
「釣り…したいねん」友人は根っからの釣りバカである。
「釣りて道具持ってきとらんやん」
「ロッドとリールのセットを百均で買えるねん」ほう。百均に釣り竿なんて売っているのだなあ…
朝飯を食い終えた私とAはプランを練り始める。
「ウチの近所の釣り場と言えば、箱崎ふ頭しかない。歩くけどな」
「…そこでええ」
「デカイ百均は博多かな…そこで釣り竿買って昼飯食おう」
かくして。今日の予定は釣りに変更されたのだった。
◆
博多の街でデカイ百均と言えば、バスターミナルかヨドバシの中である。
私達はまずはヨドバシに向かって。
妙に混雑した店内からロッドとリールセットを発見し。
ついでにしかけとルアーも買う。
「今日の釣りはサビキや」サビキ。カゴ付きのしかけを海に沈めるタイプの釣りである。
「こんだけ買っとけばええわけね」私は釣りはしたことがない。今回はAに教えて貰う気満々だ。
「…後はなあ。釣具屋に行ってカゴとエサ買わな」
「ふ頭の最寄り駅の近くにあったかな。釣具屋」
「ほな。昼飯食ったらそこに行こうや」
私達はヨドバシを後にすると。昼飯を食うために博多駅の筑紫口側にあるデイトスに行く。ここは商業施設で、お土産専門の雰囲気がある。そこにレストラン街が併設されている。
「今日の昼飯なんじゃらほい?」私はAに
「…分からん。臭い豚骨ラーメンを食いたい気持ちはあるが」
「んまあ。ほなら。デイトス二階の麺街道やなあ」
デイトスの2階には。九州各地の有名ラーメン屋が集められており。手軽にいろんな店を回れる。
私とAは麺街道に乗り込み。
いろんな店を見て回るのだが…いやあ。昨日の『shinshin』程ではないが混雑はしている。新幹線改札口の近くのせいかキャリーケースを転がした人種が多い。
私とAは案内板を見ながら店を決める。
最初、Aは久留米の『モヒカンラーメン』の『くっせえうめえ』という惹き文句に魅力を感じていたようだが、最終的につけ麺屋の『兼虎』に行く事にした。2日連続で豚骨ラーメンなのもどうかと思うしね。
◆
つけ麺屋の『兼虎』。店の前には行列が出来ており。
案内板に書いてある事を信じるなら30分待つことになる。
昨日の『shinshin』の2時間の行列に比べたら可愛いものである。
私達はキャリーケースをもった人種達の間に並ぶ。
30分後。
私達は店に案内される。店内はコの字型にカウンターが配されており。みなカウンターに向かってつけ麺を
私とAは。ノーマルなつけ麺を頼んだ。辛いヤツもあったが、一発目でその邪道をいく勇気はない。
カウンターで水を飲みながら待つ。ここのグラスは銅のタンブラー。保温性に優れている。
5分ほどすると着丼。
濃厚なつけ汁と麺のお出まし。つけ汁は豚骨をベースにしつつ、魚粉が混ぜられている。有名店の『とみ田』と似た感じのスタイルである。どんな差別化がされているか楽しみである。
私は太めの麺を持ち上げ、つけ汁に麺をくぐらせる。
濃厚なつけ汁は少し重たく感じる。
そして。口に入れる。豚骨の匂いが先に来ることを予想していたが、魚粉の香りの方が先に来た。ここのキャッチフレーズは『男らしい荒々しい一杯』だったはずだが…私の印象としては豚骨臭が足りてない。まあ、普通にすごく美味しいだけど。
私は旨いつけ麺をあっという間に食べ終えたが。
Aはつけ麺の他に白飯を頼んでおり。食べきるのに時間がかかっていた…
◆
私達はつけ麺を食べ終えると。
博多駅から電車に乗り込み。一路千早を目指す。
釣具屋に行くためだ。ちなみに。千早の近くにはハローワークがあり。そこに私はよく通っている。
千早駅に着く。そしてハローワークの近くに行けば―
大手の●イントという釣具屋がある。
私とAはその店内でサビキのしかけに付けるカゴとオキアミチューブを購入し。
店を出る。さて。今日のプランはここからが大変だ。
なにせ、5キロ近く歩くハメになるのだ。
「歩くぜ、今日のプラン」私は繰り返しAに言ってきた。
「いけるよ」なんて彼は応えていたが…
いざ歩きだしてみると。Aはかなりヘコタレていた。むしろ体力がないと思われている私の方が歩くのが早い。
千早から。博多方面に歩き直し。
3号線沿いに延々と歩いて行く道。途中で大きな橋を渡る。その橋の近くには地元のこじんまりとした釣具屋があり。Aはそこに入り。店主のおばちゃんにココらへんの釣り情報を訊いていた。曰く―
「テキトーにやってりゃ何処でも釣れる」本当かいな。
◆
私とAは延々と3号線を歩き、そして適当なポイントで海の側に折れて。
倉庫街を横切って。やっとこ箱崎ふ頭の釣りポイントに到着する。
「さあ。釣るぞ」歩いている時は元気がなかったAは復活し。
私とAは百均と釣具屋で買った道具を道端で広げる。
今回の釣りは。サビキ釣りである。
釣り竿の糸の先に針がいっぱい付いたしかけを付け、最後に重り付きのカゴをセッティング。そのカゴの中にオキアミを詰め込む。そして海中で竿を振ることでオキアミを海中に拡散してしかけに魚がかかるのを待つ…というキャスティング出来なくても出来る釣りである。
私はAに教えてもらいながら、しかけを組んで。
海に向かってしかけを投げ込む。
最初は釣り糸を絡ませたり、しかけを海中に引っ掛けて根がかりしたりしていたが、1時間も経つと、私もうまく釣りが出来るようになってくる。
釣りというのは。
なんというかモクモクと作業を続ける趣味なのだなあ、と思う。
海にしかけを投げ込むことの繰り返し。
時間はゆるゆると過ぎていく。眼の前には凪いだ海。
頭の中が空っぽになるのを感じる。私はこういう感覚が嫌いではない。
釣りを初めて2時間が経つ。時刻は17時。一応は夕マズメ―魚の食事時、釣れる確率が上がる―の時刻であり。
今日はボンズの予定で二人で釣りに来たが。もしかしたらビギナーズラックがあるかも?とか考えながら、しかけを海に投げ込み続けていた。
すると。竿が重くなった。
ああ。また根がかりさせてしまったか。とりあえずは竿を左右に振り、根がかりを解けないか試す。しばらく試していると竿が軽くなり、ああ、根がかりさせずに済んだな…とか思いながら、リールを巻くと―しかけが上がってくるのだが。そのしかけの一つに魚がかかっていた。
「A、釣れたぞ!」
「マジで?」
リールを巻取り、しかけを陸に上げる。
そこに居たのは。人差し指サイズのハゼである。
私はびっくりしてしまっている。いやあ。まさか初めての釣り、初めてのサビキで釣れてしまうとは…
その後は。特にお互い釣れる事もなく。
辺りが暗くなってきたので。釣りを切り上げることにした。
問題は。帰り道も長いことである。交通機関なんかないから。私の家まで歩くハメになる。
◆
私とAは暗い道をひたすら家に向かって歩いた。
歩いても歩いても我が家は遠い。
私はなんだか人生のメタファーを味わされている感覚になる。
私とAの人生も。この道のように先が暗い。
だが。私達は死ぬ事も出来ない。
こうやって地道に歩いて行く他ないのである。
(続く?)
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