第4話 変な女?
研究所内ではローブを着ることが義務付けられているとかで、私にもローブが支給された。
白を基調とした清楚な造りで、綺麗な青色の布が差し色に使われている。所々に銀色の刺繍が施されていてとても美しい。
私は髪が長いので同じデザインをした髪飾りも一緒に支給された。リボンのような形状で、結ったり編み込んだりして自由自在に使える。
実際にローブを着て髪飾りでハーフアップにしてみると、なんだか一人前の魔道士になった気分だ。
ハニカ様の提案で魔法を掛けてもらってライトゴールドの髪色に変身したために、より一層、魔導士感が漂っている。
なぜかというと、黒髪はあまりにも目立ちすぎるから安全のためにもこの世界の住人に見える様にという配慮だった。
王宮とエメラルド塔内では私の存在や事情は明らかにされているが、それ以外ではトップシークレットとなっているのだ。
これからどんな用事で街に出たり、街の人々と会う機会がないとも限らないものね。
それにしても、本当に魔法のある世界なんだと私はちょっと感動!
しかし……やることがないのよね。
私はこの世界の誰かに呼ばれたわけでもなく、聖女になれる心当たりも全くない。
こんな仮聖女の私に副所長のハニカ様はとても親切にしてくれるけれど、研究所で役に立てるような技術がある訳でもなく……。
ハニカ様からは、このエメラルド塔内であれば自由に見て回っていいと言われているので、時間を持て余して無駄にウロウロしてしまう。
エメラルド塔内には素敵な場所がたくさんあるが、多くの花が一面に植えられた庭園は特に綺麗で、花以外にもハーブが植えられていたり噴水とベンチの憩いのスペースが設備されていたりと、癒しの空間になっている。
この白いスミレが咲き誇る一角は特にお気に入りとなって度々訪れるようになった。なんだかここにいると気持ちまで晴れ晴れしてくるのだ。
目の前に植えられたスミレの花を見つめながらそんなことを考えていたとき、ふと人の気配を感じて振り返った。
そこには金色のローブを着た長身の人が立っている。
耳たぶ5、6㎝下辺りで切り揃えられた漆黒にも見えるその髪は光が当たって濃いブルーに輝く。
その顔は綺麗すぎて、男性とも女性とも取れる様な中性的な魅力に溢れている。
しかしこの世界の人たちは美しい人ばかりで羨ましいなあ。
そう思いながら、ぼんやり見つめているとその人は怪訝そうな顔つきで尋ねてきた。
「なんだ? 新入りか?」
そう喋ったその声は艶のあるテノールだった。
男の人だ……!
こちらを見つめるサファイアブルーの瞳は吸い込まれそうになるほど美しくて、思わず見惚れてしまいそうになる。
この世界って乙女ゲームなの?!っていうくらいイケメンばかりね……。
「あ、リサ・タカハシです」
この前ハニカ様に連れられて研究所へ顔を出し、みんなに挨拶をしたけれど、その時にはいなかった人なのかもしれないと思い、慌てて自己紹介をする。
「変わった名だな。貴族ではなさそうだが――リシャか」
「リサです」
「リシャだな。分かった」
やっぱり、私の名前って発音しづらいのかな。
いや、それよりもその前の言葉が気になった。
「なんで貴族じゃないって思ったんですか?」
ただ、単純な疑問だった。この魔法研究所には平民が入ることの方が珍しいと聞いていたのだ。
「その花をずっと眺めている」
私が見ていた白いスミレの花のこと?
これを見てたら貴族じゃないの?
私の不思議そうな顔に気づき彼は答える。
「貴族の女はそんな花より薔薇や百合を好む。それは貧民が好む花だ」
そんな言い方、なんか傷つくしお花が可哀想……!私はスミレの花に特別な思い出があるから余計に。
「スミレだって可愛いのに……」
思わず口から出てしまっただけなのに、彼はまるで大声で叱責されたかのように一瞬ハッとした表情を浮かべた。
「……その花が好きなのか?」
「あ、はい、私は……すごく好き!」
「なぜだ? 大人の女性が好むような花ではないだろう」
「そんなことない! 私、子供の時に、その、初恋の男の子からこのお花を貰ってすごく嬉しかったことがあって」
初恋の男の子は自然が大好きで草花にすごく詳しくて、いつも色々な花言葉を教えてくれた。
小学校のある日の休み時間、一緒にスミレの咲き誇るお花畑で遊んでいたときに顔を真っ赤にしながら私に白いスミレを一輪をくれたことがあった。
何でも知っているその子が、この時ばかりは顔を赤く染めるだけで何も教えてくれなかったのが気になって調べたら、その白いスミレの花言葉が「あどけない恋」だということを知ってすごく嬉しかった記憶がある。
思い出していたらその時の嬉しさが蘇り思わず赤面してしまった。
「……ん?」
私の話をじっと聞いていた彼は、少し首を傾げて私の傍へ近寄ってくる。
すぐさま私の髪を一房手に取り、何かを確認するように顔を近づけた。
ちょ、ちょっと近くない……?
彼の美しい顔が間近に迫って、私の心臓は大きく音を立てた。
その瞬間、彼がもう片方の手でパチンと指を弾くと私の髪色が元の黒色に戻った。
あっ……!
「ああ、お前だったのか……」
彼は何か小さく呟くがよく聞こえない。
「え?」
「……ユリウスか。ふむ、確かにこうした方が安全だな」
そう言って、彼がもう一度指をパチンと弾くとライトゴールドの髪色へと変身した。
この人も魔法が使えるんだ。
「お前は変な女だな」
何かを思い返すように私の様子をじっと見ていた彼は、その綺麗な顔にふっと笑いを浮かべながら独り言のようにそう呟いた。
な……!変な女って!いくらこんなに顔の整った完璧なイケメンでも、人を馬鹿にするのはよくないわ!
ひょっとしてさっきの初恋の話のこと?!
そりゃあ、この歳で初恋なんて言い出すのは微妙に映ったのかもしれないけど……!
「まだあなたの名前聞いてないですけど」
少しムッとしつつも、恥ずかしさが湧いてきたので話を逸らしたくて聞いてみる。
「ナイジェルだ」
「あのですね、ナイジェルさん」
なんかこの人に様ってつけたくない。
そんでもって一言、言っておきたい。
「ナジェでいい」
スッと無表情に戻ったのであまり感情が伝わってこない。
うーん、あなたこそ変な人ね。
その立ち居振る舞いを見ていたら地位のある人なのかとは思ったけど、そんなにざっくばらんに愛称を教えるところを見るとそうでもないのかな。
日本で読んだ本やゲームの中でこういった世界では、貴族の人の場合だと「名前で呼ぶなどはしたない」「愛称で呼ぶことを許可した覚えはない」って怒られるシーンがよくあるのよね。
まあ、でも本人がいいって言ってるんだからいいか。
根が前向きな私はそれ以上考えるのをやめた。
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