6話 普通の家庭

『6話 普通の家庭』

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親ガチャ、一体誰が言い出したのか。


子供はどんな親の元に生まれるかを選べない。

にも関わらず、それによって人生を大きく左右されてしまう。

これをゲームのガチャに例えた言葉である。


基本的にこれに続く言葉は失敗の2文字であろう。

親のせいで自分の人生が上手くいかない、そうやって親を糾弾する意図で使われるのがほとんどだ。

若者の間で流行し、同時に大きく批判もされた。


親ガチャ失敗なんて言う子供を持った親は、子ガチャ失敗だなんて……


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「ただいまー」


 どこに行くか悩んだ挙句、別に大した答えも出なかったので一旦家に帰って来ることにした。

 一時の拠点ではない。

 私の実家、いや一人暮らしをしていたわけでもないのだし普通に自宅か。


 用事なんてないのだけれど。

 ほら、指名手配とかされちゃったらもう二度と来れなくなるかもしれないから。

 帰るなら今しかないかなって。


 大した価値を感じていなかったとしても、プレミアが付くと途端に欲しくなるのが人間だ。

 限定品だとか、少量生産だとか。

 こうやって帰ってきた以上、私もまだ普通の人間でしかないって事なのだろう。


 久しぶり、実に一年と数ヶ月ぶりの我が家である。

 随分と懐かしい匂いだ。

 少なくとも、ホテルのそれとは全く違う。


 いい匂いとも違うのだろうが、どこかホッとするような香り。

 これを嗅ぐと不思議な気分になるのだ。

 曖昧な記憶ではあるが、ぼんやりと昔のことが思い出される。


 音の無い、白黒の記憶。


 お母さんに手を引かれる私。

 それを眺める優しげな目をした男。

 服装からして夏、だろうか?


 本当に曖昧で、視界の隅はぼやけてすらいる。

 思い出したのもその程度。

 でも、懐かしい……そう感じだ。


 しかし、我ながらよく家まで辿り着けたものだ。

 家に帰ると決めたは良いが詳しい道なんて全く覚えていなかったから、実際の所ちゃんと帰って来れるのか少々不安だったのだ。

 まぁ、いざ駅で電車を降りたら特に迷うことなくここまで来れたのだが。


 私のクソ雑魚な記憶力も、案外捨てたもんじゃないらしい。

 それとも、これが帰巣本能ってやつなのだろうか?

 確かに家と呼べるものはここ以外に無いし、記憶力に関しては思い出すらまともに出てこないレベルだし、なんかそっちな気もして来た。


 やはり私の記憶力はクソ雑魚、頼るべきは人間元来の本能である。


「……七音!?」


 ふと、お母さんと目が合った。

 ここは玄関だ。

 そりゃ自宅にいれば目が合うこともあるだろう。


 お母さんが驚いたように私の名前を呼ぶ。

 その響きを聞くのも久しぶりだ。

 ここ一年間、自分の名前を名乗る機会なんて皆無だったから。


 これから殺す相手に自分の名前を名乗る意味なんて無い。

 指名手配されてる可能性がある以上、自分の名前を名乗る行為はそもそもリスクでしかないから。

 それに、身分証も持っていないのに本名も何も無いだろう。


 ってな訳で、基本的に私は名無しちゃんだった。

 仮に名前を聞かれて名乗る必要が出たにしても偽名がほとんど。

 山田花子、的な?


 と言うか、なぜに疑問系なのだろうか?

 名前を呼ぶまでに結構な間もあったし。

 もしかして、久しぶり過ぎて私の名前を忘れかけていたとか?


 確かに、一年は結構な期間だと思う。

 でも……。

 結構な期間とは言っても、子供の名前を忘れるには中々に短い期間な気がする。


 まぁ、私は文句を言える立場でもない。

 不服ではあるが、受け入れようではないか。

 落ちこぼれどころか、学校にすら行ってない訳だしね。


 そんな子供、不良そのものである。

 中々な親不孝者。

 忘れられても文句は言えない。


「……」


 名前を呼ばれたっきり、しばらくの無言が続く。

 どうしたのだろうか?

 記憶の中にあるお母さんと行動が随分と違う気がする。


 家に帰って聞かれることと言えば、大体は夕飯のこと。

 あとは、今日学校であったこと。

 他は宿題とか、まぁそれぐらいだろうか。


 それに、そこにいられたら私が中に入れないのだが。

 少し横にずれて欲しい。

 別に家に入れないほど怒ってるって感じはしないけど。


 それとも、やっぱり怒っているのだろうか?

 私が分からないだけで。

 昔から空気が読めないと言われていたのだ。


 考えてみれば、お母さんは怒って当然か。

 学費払ってもらってるんだもんなぁ。

 お金を自分で稼ぐようになって、お金の大切さとその力を知った。


 学費がいくらかは知らないが、日本の平均年収が400万ぐらいだったか。

 そこから考えれば、ある程度の推察はつく。

 ほとんどの子供が学校に通っているのだし、学費がそこまで高額ってことはないだろう。


 学費分を返せば許してくれるのだろうか?

 手持ちで足りるかは不明だが、その気になれば数日で……

 まぁ、そこまででもないか。


 もう帰ってこれないかもしれないからって言うプレミア感。

 言って仕舞えばそれだけだ。

 その理由のためだけに、そこまでの大金を掛ける価値は無いな。


 玄関までは帰って来た訳だし。

 ここから先も知ってはいるのだ。

 自分の家だし当然の事だが。


 ……よし、行くか。


 そんな思考の最中。

 突然、抱きしめられた。


「心配したんだから、どこ行ってたの?」


 危ない、危ない。

 急に動くから。

 危うく刺しそうになった。


 紛らわしい動きはしないでほしい。

 全く。

 お母さんは昔からよく分からない行動をする。


 やけに力強く抱きしめられた。

 ちょっと痛い。

 簡単に振り解けるが、流石にそこまで空気が読めない訳じゃない。


 一方的に私が悪いのだ、甘んじてこの拘束を受け入れよう。

 経験から分かっている。

 これはお金と一緒、対価である。


 学費程の価値は無いと断じたが、この程度ではあれば話は別だ。

 言うなれば拘束時間。

 タイムイズマネーと言うのなら、この程度の対価を払う価値はある。


 長時間に渡ると言うなら考えものだが。

 ま、その内飽きるでしょ。


「……何も言ってくれないの?」


 なるほど。


 そう言う事か。

 はぁ、さっきも言ったんだけどな。

 聞こえなかったのかもしれない。


 相変わらず、挨拶には厳しいらしい。

 勉強だなんだと怒られた記憶はないが、それだけはしょっちゅう指摘された覚えがある。

 やっぱりお母さんは変わらないな。


「ただいま、お母さん」


「お帰りなさい、


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