切らない髪
「嘘」
「嘘じゃない」
そうだ。嘘をつくような人じゃないことはわかってる。
でも、でもね。中世ヨーロッパっぽい雰囲気の国だけど、昔の作曲家みたいなカールのカツラの人は見かけなかったから、そこは現代風なのかと思っていた。お風呂だって、現代風だし。
「宗教の教えに髪の毛を切らないというのがあるんですか?」
「いや、そういうのはないが、髪に力が宿ると思っている人は多いな。それより、斬首の邪魔になるから髪を切るというイメージが強いかな」
「だから、罪人」
「あとは奴隷かな。髪を切られたら、恥ずかしくて外に出られないという貴族は多いと思うぞ」
髪を結うのが嫌いなわけじゃない。でも、カットには自信がある。カットした方が似合う人ってたくさんいるのに。レオさんだって、絶対、かっこよくなるのに。
「だから、マリアさんを初めて見た時も髪を切るなんて、奴隷商人はひどいことをすると思っていた」
「私の国では髪は自由だったんです。短くするのも普通のことで。私、髪結師と言っても、髪を切るのが上手かったんです。でも、その仕事はないんですね」
私は息を吐いた。
「外国でもそうなんでしょうか」
「うーん、あまり短い髪を見たことはないなあ」
「そうですか。レオさん、私の髪型、似合ってませんでした?」
レオさんは真剣に考えてくれた。
「似合っていた。かもしれない。でも、今日の髪型のように長さがあるように見える方がホッとする」
私も少しホッとした。似合っていると思えるのなら。素敵なヘアモデルを使って宣伝すれば、カットも気に入ってもらえるかもしれない。
そうだ、この国にヘアスタイル革命を起こそう。どれだけ、カットで人が美しくなれるか見せてやる。
「もう、元気が出たようだな」
レオさんがクスリと笑った。
「はい、きっと、レオさんも私に髪を切ってくれって頼むようになりますよ」
そう言うと、今度は思いっきり、吹き出されてしまった。
デルバールの前まで送ってもらう間、私は道行く人の髪型を見た。確かに女性だけでなく、男性も短い髪の人はいなかった。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったよ」
レオさんを見送ると、何となく寂しくなった。
「ちょっと、どういうこと?」
駆け寄ってきたのはサラサさんだった。
「ジェシーさんはどうしたの? なんで、相手が変わってるの? 一体、誰?」
早口でまくしたてられた。
「ジェシーさんは仕事をすることになって、代わりに同僚の方が送ってくれるようにしてくださったんです。赤の騎士団のレオさんです」
「えー、赤の騎士団。確かに強そうな人だったけど、知らないわ。うちに来たことがないなんて珍しい。愛妻家なのかしら」
愛妻家か。奥さん、羨ましいな。
「それより、服、ありがとうございました。可愛いって言ってもらえました。それから、これ、お土産です」
「私に?」
「服のお礼を買おうとしていたら、ジェシーさんがサラサさんにプレゼントだって」
「わ、嬉しい。やっぱり、わかってる男だね。さ、早くなかにはいって。デートの内容を詳しく聞かせてもらうよ」
、
食堂にお菓子のお土産を持って行って、そこでお茶を飲みながら、フランチェスカさんやイブさんまで現れて、デートの内容を追求される。
「休みなのに仕事をとった? まさか」
フランチェスカさんにとって、ジェシーさんが仕事を選んだことは衝撃らしい。
「緊急だったからですよ」
私が言うと、サラサさんがニヤニヤした。
「ジェシーさんには珍しいけど、マリアちゃんに本気なんじゃない。いいところを見せようと思ったんだよ」
「え、そんなこと。ジェシーさんが真面目なだけですよ」
「いーや、仕事よりデートの男だからね」
「そうそう」
ジェシーさんは女性には誰にでも平等に優しいらしい。
「それがマリアちゃんに会いにしょっちゅう来たりしてさ」
仕事の取り調べだったというのは秘密だから、言えない。でも、手の甲にキスされたことを思い出した。
「あ、赤くなった」
「それより、レオさんて言ったっけ? あの人は?」
「単にジェシーさんに頼まれて送ってくれただけです」
人の恋バナはよく聞いたけど、自分が聞かれることはなかったので困ってしまう。
「あの、それより、この国では私みたいに髪を切る人はいないって聞いたんですけど」
「うん、切らないね」
フランチェスカさんがあっさりと答えた。
「夜会巻やかんざしのように髪の毛を切ることで美しさを出すことができるんです。やってみていいですか」
「誰かやっていいと言えば、うちの店としては別に構わないけど、髪を切りたい子なんていないんじゃない」
「かんざしが話題だしね」
サラサさんとイブさんがうなずきあった。
まだ、かんざしを試していない人ならどうかな。話題になると思うし。髪を切った方が似合いそうな人もいたよね。
私は今まで会った人の顔を思い浮かべた。
それは甘い考えというのが翌日、すぐにわかった。
似合いそうな人から声をかけてみたけど、断られるだけ。馬鹿にしてるのかと怒り出す人もいる。
罪人か奴隷のイメージがここまで強いんだと嫌になった。
一人でも試してくれたら、美しく変身させて、みんなの気持ちも変わると思うのになあ。
食堂で考え込んでいると、ミルルがやってきた。
「お菓子、美味しかった」
ぶすりと言う。ツ、ツンデレっぽくて可愛い。
そうだ、子どもも髪を切ったりするんだよね。
「ねえ、ミルルちゃん、髪の毛を切ってみる気ない?」
声をかけると、サッと表情が強ばった。
「可愛くなるよ」
パンッ。
何が起こったか一瞬、わからなかった。ミルルが泣きながら、部屋を走って出て行く。
それから、自分がミルルに頬を叩かれたことに気づいた。
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