目玉商品
「さあ、本日のオークションの目玉商品です。希少性大、状態よし、おまけにこの付属品もセットにつけましょう」
まるでテレビショッピングの司会みたい。って、言ってる場合じゃない。目玉商品は私。明るい舞台にワゴンと一緒に並べられ、客のギラギラした目にさらされている。裸にされなくてよかった。珍しい服だから、そのままがいいと言われて、ホッとした。顔には派手な化粧を施された。下手くそな化粧に納得はいかないけど、自分を綺麗に見せている場合じゃないから、おとなしくしている。
それにしても、こんな時、どうしたらいいのか。逃げられないように両手両足は枷をはめられ、動くたびに鎖がジャラリと音を立てる。体じゅうが痛いのは叩きつけられたせいか、蹴られたせいか。痛みで眠れなかったし、食事も取れなかった。それなのに日本人のサガか。愛想笑いを浮かべてしまう。
バカバカ。今から売られるのは私なのに。何、笑ってるのよ。
「なんと、昨日、発見されたばかりの落ち人です。会話に問題はありません」
異世界からやってくる人間を落ち人と呼ぶらしい。奴隷売り場の商品としては珍しいらしい。
「では、最低価格、百万ネイから」
ネイっていくら? 自分の価格がいくらぐらいなのか、わからない。
「二百万」「二百十」「二百二十」「三百万だ」
どんどん、上がっていく。
客席にいる人たちは目元は仮面で隠しているが、口元はそのままで下品な笑みを浮かべている。服装を見たら、中世の貴族のようだ。男性は長い髪を後ろで一つにくくり、女性は結い上げている人が多い。また、ピンクや水色などありえない色の髪の人が多い。生え際を見ると、染めているのではなく、元々、そういう色みたい。さすが、異世界。
もう、優しい人に買われることを期待するしかないのかな。
「一千万」
大きく値段を釣り上げたのは禿げて太ったおじさんだ。ペロリと唇を舐めたのが気持ち悪い。
「大台が出ました。さあ、よろしいですか?」
「二千万」
黒いマントを着た人だ。明るい茶色のもしゃもしゃした髪を後ろでまとめている。目元は仮面、口元はひげで覆われている。姿勢がまっすぐなのはまだ、好感が持てるかも。
「三千万」
「四千万」
おじさんが値をつけると、すぐに黒マントが上げる。どうやら、本当に高額になってきたらしい。おじさんが変な汗をかいている。
「四千百万」
「五千万」
おじさんの動きが止まった。
「よろしいですか? よろしいですか?」
司会がベルを鳴らした。
「では、五千万で八番のお客様に落札されました。どうぞ前へ」
黒マントが舞台に上がってきた。
大きい。身長、190以上ありそうだ。おまけに体が分厚い。プロのラグビー選手と言われたら、信じてしまいそうだ。
奴隷って、叩かれたりするよね。こんなのに叩かれたら死んじゃう。
黒マントは私のそばに立つとボソリと言った。
「子供だな」
いえ、私、大人ですから。変なメイクをされたせいで子供がお母さんのコスメでいたずらしたみたいな顔になってますけど。でも、言い返しはしない。それより、体が辛い。座りたい。
黒マントが私の方に手を伸ばした。身をすくませた私の頭の上にその大きな手が載せられる。本当にそっと、載せられたので重さは感じない。ただ、暖かさが伝わってくる。
「大丈夫か」
「大丈夫です」
覗き込んでくる金茶色の目は優しかった。この世界に来てから、優しい言葉をかけてもらったのは初めてだった。
私を買った人なのに、いい人なんじゃないかと思ってしまう。
「もう少しの辛抱だ」
「え?」
聞き返した時。
ドンッ。
爆発のような音と振動が起きた。
「大人しくしろ! 青の騎士団だ」
大勢の青い軍服のようなものを着た男性たちが雪崩れ込んできた。客たちはもちろん、大人しく捕まるわけはなく、我先に逃げ出そうとしている。私を捕まえた山賊たちはこの奴隷売り場の用心棒を兼ねているのか、騎士たちと戦っている。武器は剣や斧、ロールプレイングゲームみたいだ。
騎士たちの方が断然、強い。山賊たちは簡単に倒されていく。現実じゃないみたいで怖くはない。もしかして、私、助かった?
そんなふうに油断していたら、突然、黒マントに抱きしめられた。逃れようとジタバタするが抜け出せない。すごいマッチョな人だ。
「オークションは中止です。返してください」
司会が片手をぶらりと下げていた。どうやら、私を連れて行こうとして、黒マントに叩かれたらしい。
「残念だったな。俺は時間稼ぎしていただけなんだ」
「騎士だったのか」
黒マントがニヤリと笑うと、司会は奇声を上げて、飛びかかってきた。短剣を持っていたから、素手の黒マントに勝てると思ったのかもしれない。でも、さすが、マッチョ。私を片手で抱きしめたまま、司会に向かって、片手を突き出した。それだけで。司会の体が宙に浮き、ペシャリと床に落ちた。どうやら、気を失ったらしい。
それから、あっけないほど、すぐに戦いは終わった。
私は観客席に座らされた。黒マントさんが司会から奪った鍵で枷を外してくれた。
「ありがとうございます」
言った途端に咳き込み、口から血が出た。これ、やばいんじゃない?
「おい、大丈夫か」
黒マントさんが肩を支えてくれた。胸にもたれかかるようにして、私はうなずいた。頼れる感じで安心できる。
「おい、ジェシー。治療を頼む」
ひょいひょいと青の騎士団の人が一人やってきた。オレンジ色の長髪のイケメンだ。
にこりと笑って、私の方に手を伸ばした。
「少し暑さを感じるかもしれないけど、大丈夫だからね」
ジェシーさんという人の手から何かキラキラとした光が私に向かって降り注ぐ。ちょっと、暖かい感じで気持ちいい。
「どう?」
「痛みが消えてる! これって、魔法ですか?」
「そう、治癒魔法。大変だったね」
黒マントさんが優しく私の頭を撫でた。まるで、子供扱いだ。でも、この頼りになりそうな人なら知っているかもしれない。
「あの、私、落ち人らしいんですけど、どうすれば、元の世界に戻れるんでしょうか?」
黒マントさんは困り顔になった。
「教えてください。本当のことを知りたいんです」
「元の世界に戻った者はいないと言われている。もし、戻った者がいれば、落ち人ではなく、異世界からの旅人と言われただろう。少なくとも、この国の記録には残っていない」
「戻った人はいない……」
そうかもしれないと思っていた。何もしていないのに奴隷にされるような世界、魔法のある世界。そんな世界で生きていかないといけないなんて。
涙がこぼれた。こぼれると、止まらなくなった。私は黒マントさんにすがりついた。誰かにすがりつきたかった。
家族、友人、私の店。
もう、永遠にお別れなんて。
泣いて、泣いて、泣いて。
「やっと、夢をかなえたのに」
呟くと、また、優しく頭を撫でられた。
「もう一度かなえたらいい。その夢があれば生きていける」
私はパッと顔を上げ、黒マントさんの顔を見た。気軽に言ったんじゃない。気休めじゃない。真剣な目。
きっと、この人は何か大切なものをなくしたことがあるんだ。それでも、きちんと生きているんだ。
「かなえられる?」
「ああ」
ぶっきらぼうな答えに私は笑った。
決めた。
私の店。それだけはもう一度、手に入れることができるかもしれない。
元の世界に帰れないなら、この世界で生きていくしかないなら、もう一度、自分のお店を開いてみせる。
それなら、まずは生活基盤だ。住むところと働くところを探すぞ。
そこで気がついた。黒マントさんに抱きついたまんまだ。私の涙で濡れてシャツが肌に張り付いている。すごい。シックスパックに割れてる! いや、そうじゃなくて。
「す、すみません。汚してしまって。洗って返します」
シャツをつかんで、顔を上げると、なぜか、黒マントさんもジェシーさんも笑い出した。
「いい子だ」
また、黒マントさんに頭を撫でられてしまった。
「その気持ちだけで充分だよ。さて、私はそろそろ行かないと。ジェシー、この子を頼むよ」
「かしこまりました」
ジェシーさんがピシッと敬礼した。黒マントさんは偉い人みたい。それなのに私が泣きついたりして、時間を無駄にさせてしまったんだ。
「どうも、ありがとうございました」
私は黒マントさんが出ていくのを、頭を下げて見送った。
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