ホワイトパレット

腕時計

第1話

 朝。それは昨日見た陽をもう一度見ることになる。アセビは朝を心地よく迎える前に、つくづく疑問に思っていた。「あの太陽というのは、自分がきのう見た太陽なのか」。身を起こすと、腰に痛みがやってきた。いつもはもうすこし環境の整ったところで寝ていたから当たり前か。髪に付いているゴミや埃を払い落とし、近くで寝ているもう一人の体をゆする。

「起きて、クリナム。朝だよ」ただ、芋むしのようにくるまっているまま彼女は動かなかった。最近はだんだんと寒くなって来ている。

「まぁ、しばらくはそのままでいいや。時間なら沢山あるし」

 白髪の少女は腕をピンと伸ばして大きく息を吸った。息を吐いて、背伸びをほどいて、また床に座りこむ。バッグの側からやすりを取り出すと、体から樹立した鉄を削り始めた。傍ら、ラジオは唸り、電子的な声を発する。

「人間のみが、このラジオの応答にこたえてください。今日のナンバーは四です」言われた通り、ラジオについたボタンを四回押す。すると、それにラジオは応えた。

「ありがとうございます。今回の応答も有効期限は三日です。また、この後の放送で同じように四回押すことで、以下に得られた情報を提供します。惑星ニビルは未だこの星に影響を残し続けています。そのため、本来の姿を取り戻すことが可能な期間が過ぎてから二十一日目となります。昨日の応答は七組でした。サンスベリア献花台には近づかないようにしましょう。今後とも、一緒に生きていきましょう」

 聞き慣れた数字を聞くのもいい加減飽きてきたが、もはやこれは朝を迎えることだ。もう、このラジオの発信源はなくて、雲に混じった鉄がなんとかかんとかしてどうとかなってここに届いてるんじゃないかと思ってしまう。もう、私たち二人以外、世界に人がいないような静寂があるんじゃないかって。

 なんとなく怖くなってきた少女は中途ではあるもののやすりを地面に置いて、バディを起こした。今度は頬でもつねるか。

「…………もう何ぃ?もうちょっと寝てたい」

「もうすぐ昼だよ。さっさと起きないと移動も何もできないよ?」

「じゃぁなおさら寝てたほうが次の日に備えられるよ……」その言葉に反論はできなかった。「時間は沢山ある」と言ったのは自分だったから。痺れを切らしたのか、問答に疲れたのか、体を持って起き上がらせる。

「アセビ?やっぱまだ朝じゃんかよ」ぐらぐらと体を起こすと、クリナムは目をこすって、瓦礫の間から朝日を見た。

「ねぇお姉ちゃん。あれって太陽?ニビル?」

「さすがに、太陽なんじゃないかな」

 二人はそんな会話を幾度となく行う。これもまた朝なのかもしれない。姉妹ではないが、全て無くなってからそうなったのだ。今では戸籍やら憲法やら、束縛は存在しない。ただ自由ではない。彼女らは生きる理由がないが生きなければならない。生きる理由を考えること、それもまた朝なのかもしれない。

 やすりで削り終えたアセビは、支度を済ませた。妹の方はそれを怠っていた。それをする時間よりも寝ていた方がマシ、それを是としている。

「そんなこと考えたってしょうがないよ。行かなきゃ」

「どこに?」

「どこかに」

 あくびをまたしたクリナムはバッグを取って、姉に続いた。今日泊まらせてくれた、崩壊した家をあとにする。街路樹は一部が鉄となって、今自分の歩いている道も金属に、雲も、天もそうなっている。自分の体の中でさえそうなのかもしれない。ここは多分商店街だったんだな。

「寂しいね」

「何が?」姉は振り返った。声の反響は前の日常よりも大きい。鉄がどうとかじゃなくて、灰色だったのだ。全て過去に帰ったように、自分の信じる人以外はモノクロだった。うまく言語化ができない。ただ何となく、自分は"死ねなかった"側だと思ってしまうし……なんというか、わからない。

 アセビはクリナムの手を取って、また歩き始めた。写真は過去を持つが、それは色褪せて白く、茶色く、黄色くなっていく。現実はカラフルだ。それは生きる目的があったから。目的は何らかの力で人を引っ張る呪いのようなもので、考えるのに辟易するほどに未知で、現実より難しい。

「昔は理想があったんだなって、そう思っただけ」クリナムは小さく言った。少女たちは黙りこくった。これもまた朝だ。

 「いつ死ぬの?」と世界が言っている気がする。「いつ死ねるのだろう」と彼女たちは答える。まだやらなきゃいけないようなことがある気がして、実際ない気もしている。言ってしまえば、終末の後、幕の降りたステージで何か小芝居をしたとしても、誰にも気づかれないからあがいているような。内に秘めている曖昧な核心に近づこうとしているような。世界が決めた錨の降下が終わって艦の止まるまで動いていようとしているような。死は終着で、忌避である。朝になるのは生きているからだ。

「ご飯っぽいものあったら持ってきて。手分けして探そうよ」

「わかった」

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