第15話・窮地の先に。

※1




アラタ・アカツキにとっての全ては最初の一撃に込められていた。

相対し、敵を見定めた所で彼は察していたのだ。


自身よりも明確な格上であると。

当然だ、ガルフパーティーを壊滅させる程の化け物だ。

幾ら自身が最強であると自負しようとそれはあくまで己へ課した吟味でしかない。

そうであれと鍛え、己を研ぎ続けたとしても、限界は見えてしまうものだ。


故に初撃。

相手に反応も許さぬ一撃必殺をもって終わらせる。

此方を舐めて無駄口を叩く隙を、加減した上で自身と殺り合おうとする傲慢を全て利用して、己の限界を行使する。


その結果は出た。

アラタは自信を持って断言出来るだろう。

あの一撃は文字通り、二度と出せないであろう理想的な一撃必殺の技であったと。


ルーシェは両断され、上半身は宙を舞った。

決まった、そして気を緩め掛けていた。


だが、どうやら詰めが甘かったのはこちらだったらしいとアラタは自嘲する。


化け物である。霊魔と同じと考えるべきであった。

だがなまじ人と変わらぬ姿だったから、より確実な急所を狙うべきなのに出来なかった。


首を飛ばせば違っただろうか?、もしくは心臓部を貫けば?


考えた所で今となっては詮無き事だ。

戦端は開かれた。相手は本気を出して、その形状をも変化させて迫ってきたのだ。


そしてここまで打ち合って、やはりと再認識する。

これは無理だと、思わずにいられない状況となっている事に。


(攻めに転じれない。カウンターも仕掛けてみたけど、難なく防がれるか…)


何か手はないかと思考する。

考えている間にも戦いは終わらない。

ルーシェが飛び掛かってきたと同時に右足の甲殻が変化する。


「っ!」


《―――蹴撃ィ!》


脹脛部分の甲殻が開かれ、内部より片刃が展開される。

刃に青白い光が宿り、片刃は振動する。


アラタは長剣を構えた。

刀身が二つに割れ、内部より放出したエーテルが刃を構成する。

一回り長い光の剣が現出した。


そして、全力がぶつかった。


「―――光剣フォースセイバー!!」


裂閃れっせん―――!!》


踵落としからなる刃の一撃と、横薙ぎからの光の刃がぶつかった―――!


「ぐううぅううううう!!」


《ヒャハハハハハァ!!》


エーテルの光。

青い奔流が両者の間を流れる。

それはつまり、この一撃の本質はどちらも同じである事の証左。

どちらが撃ち負け、どちらが穿つか、その瞬間は一瞬か否か。


答えは痛み分け。

互いが反発し、吹き飛ばされるように距離を離したのだ。


「……エーテルの一撃、だと?」


《今更驚く事カナ、それはサア!!》


ルーシェは再び動き出した。

アラタよりも早く体勢を整え、正面から突っ込む。


アラタは何とか小型銃を構えると狙いを澄ます暇もなく、発砲。

その弾丸はルーシェに当たる。当たったが、その全てが弾かれる。

弾く際に振るわれた両手が部分的に甲殻化されていた。


「くそっ!」


《出遅れたネェ!!》


アラタは小型銃を手放し、長剣を両手で構えた。

そして動く――が、それは防御の構え。


悪手だ。だが分かった上でやるしかなかった。

動く事が間に合わない、カウンターを仕掛けるタイミングもズレた。


一撃が来る。


《ヤア!!》


「この―――!!?」


ルーシェは勢いはそのままに、地面を蹴った。

両足に力を集中させ、そしてエーテルの光が纏われた。


渾身の両足蹴りが防御を取るアラタへと命中する。


ミシリと砕ける音が響く。


(これは……ダメだっ!?)


長剣の剣腹でその一撃を受け止めたが、全て衝撃は受け止め切れない。

アラタの足が地面から離れた。それと同時に身体は盛大に吹き飛ばされる事となる。


そして勢いはそのままに、地面へと叩き付けられた。


「ぅ、あ……!」


叩き付けられてなお地面を転がり、戦闘の余波で砕かれ出来た瓦礫の山にぶつかる事でその身体はやっと止まる。


意識が飛び掛ける。

しかしそれは己の握り拳を思いっきり地面に叩きつける事で何とか保った。

皮膚が裂け、血が滴るが些細な事だった。既にその全身はボロボロなのだから。


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……くっ」


剣を杖代わりに何とか立ち上がろうとするが、膝を着く。

思っていた以上に身体が重い。たった一撃を受け止めただけだと言うのに。


《アハハ、すっごいボロボロだァ》


「……くそ、ふざけた顔しやがって」


《えー?ひっどくナーイ?アタチ、結構可愛いッショ?》


ルーシェはゆっくりと歩き、アラタの傍まで近づいた。

自身の足元に膝を着き、憎々し気に見上げてくるアラタの表情にミーシェは背筋がゾクゾクとする感覚を覚えた。


《―――あァ、やっぱり♡》


この男には、そそられる。


ミーシェは嫌らしく笑った。

ただ単純に殺し、いたぶり、そのエーテル晶石を取り込むのではつまらない。

そんな事で自身と渡り合って見せた青年の存在を無に帰すなんて、勿体ない。


《君を傍に置いてオク…ソレも一興じゃナイかな?》


「…何?」


《君をアタチの傍使いにシテあげル。君達の言う…霊魔、だっケ?アレと同じに変えてアゲルって訳》


ルーシェはアラタと視線を合わせるように屈む。

そして右手は傷付き汚れたアラタの頬へ伸ばされる。


「…はっ、そいつは頭のおかしい提案じゃないか?」


《君にとってはそうカモネ。けどアタチにとっては最善だヨ?》


「っ!?」


ペロリと、アラタの唇に異様に長い舌を這わせた。

驚愕し、目を見開くアラタに対しミーシェは恍惚とした顔でアラタとの距離を詰める。

アラタの身体を包むように抱き締める。


黒目の赤い瞳が、アラタの目と合った。


《アタチの泥を君が取り込めバ、君はどう順応してくれるカナ?》


「泥…っ」


《気まグレでした一人はダメだったナァ。スグに暴走して、回りのオーフィシャルタイプ・ビーストマンを取り込んで肥大化しちゃッタし》


「―――お前は!?」


リック・カッチェの成れの果ての姿が頭を過った。

そして、つまらなさそうに言い捨てたルーシェに対しアラタは逆上する。


だが、その怒りや苦しみは、それが齎す激情は、今の彼の状況を打破する物にはなり得ない。

ルーシェは嗤う。アラタの歪み続ける苦悶を隠さない表情は、ただ彼女を興奮させるだけに過ぎないのだ。


《―――サテと、じゃあ始めちゃオ》


ボロ布一枚を纏っただけのルーシェはその下には何も纏っていない。

故に、その温度と感触が嫌でも直に伝わってくる。


「―――ぐっ」


《フフフ、分かるゥ?君の事が気に入ったカラこんなヤリ方をしてルって事ガ》


ルーシェは敢えてボロ布の中身を晒し、アラタへと迫った。

そうする事で相手が動揺する事を知っているからだ。


《アタチの身体は、どんな風にダッテ構成し直せる。君の為にサ、気持ちのイイ物にダッテ変えられる》


人と何一つ変わらない。小さいながらも確かにある女としての起伏と、柔らかな身体。

その感触の全てが人と変わらない様で、何よりもアラタ自身がソレによって相手を女性であると認識してしまう事が。

人ではない筈の目の前の化け物に対して、そして反応してしまっている自身への嫌悪感へと繋がっていく。


《君は十分ヤッタんだから。抗う事を諦めなヨ―――大丈夫。苦しくナイ、君が変わるノハ一瞬》


ルーシェの両手がアラタの顔を包まんと触れてくる。

そして互いの顔は近付く。ルーシェのどこか艶のある唇が開けられ、そのまま――――。







「何、やってんの?」







アラタにとって聞き慣れた声が頭上から聞こえてきた。


瞬間、目の前のルーシェの顔がブレた。


《ハ?》


彼女は自身が蹴り上げられたと認識したのは少し遅れての事だった。

その身体は宙を舞い、放物線を描きながら、そして頭から地面へと落ちる。


「……なん、だと?」


直前襲った衝撃に体勢を崩し後ろに尻もちをついてしまうアラタの傍に立つ少女がいた。

どうなっているのか状況を確認するよりも早く、その身体は片手を引っ張られ引き上げられる。


見慣れたその姿。

それは、アラタにとって大切な幼馴染。


「………ゼノビア、か?」


アラタは問う。その姿は見間違えようのない、ゼノビア・クロエットのものである筈なのに、妙な違和感を抱いてしまう。


何かがおかしいと、彼は直感していた。

それは間違っちゃいなかった。


「大丈夫、アラタ。今の私は―――」


ゼノビアはアラタへと振り返る。

そして、その姿を見たアラタは絶句した。




黒い眼球に赤く染まった瞳の左目。

まるで先程まで相対していたルーシェの様に爛々と輝かせながら。


「―――強くなった。見てて?」

《―――ツヨクなった。見てテ?》


ゼノビアの声とルーシェの声が重なって聴こえていたのだから。

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