第13話・対峙する、少女の名は
※1
《フヒヒ!君がアラタかァ……ゼノビアのラブなお相手!》
「お前……ゼノビアに何をした?」
《フフフ、気になるゥ?気になっチャウかぁ。まあ仕方ないヨネ、こうなっちゃうとさ》
力なく背負われた身体のまま、頭部だけが意識を持って動いている。
今のゼノビアは正に操られている様な状態なのだと、アラタは察した。
《ま、理由は簡単。この子の中にアタチの一部がちょびっと入っちゃるんだよねェ。本当にちょびットだから、今の所はこの子弱ってルからさァ?あんまり動かセナいんだけどネェ?アハハ!》
何が楽しいのか此方で理解出来ない程に、ゼノビアを乗っ取った少女は愉快気に顔を歪ませる。
《背負ってる君もさァ、これって今すっごい気持ち悪いヨネー?落としちゃってもいいヨ?》
「!…だ、誰がするものですか、そんなこと!」
気味悪さが勝る中でもグレイは気丈にいようとしているが、そんな姿をも少女は笑う。
それが余りにも不愉快であると、アラタは内で煮詰まりそうな怒りに顔を顰めた。
霊魔に、探索者が乗っ取られる?
そんな事になって乗っ取られた相手はどうなる。ゼノビアは、どうなってしまう?
《焦ってるのが分かるよ?だったら君、もっと奥まで来なよ》
そしてこいつはそんなアラタの焦りを読み透かした様に一つの提案をした。
《この子を助けたいなら、アタチを倒す事さ》
「倒す…だって?」
《そう、倒すの。出来るかどうかはまた別の話だけどねェ》
ゼノビアの顔で笑う少女。こいつは何を言っている?
自分を倒せばいい?わざわざそんな提案をする理由はなんだ?
「待ってください。クロエットさんと、ガルフさん達のパーティーで敵わなかった。そんなあなたと戦えって言うんですか?」
グレイが声を震わせながら割り込んでくる。
無謀であると、誰だってそう思う話なのだから当然だ。
《ああ、言うよー?じゃナいとこノ子は助からなイ。時間が経つと…そうそう、名前がスグに出なかった。確か―――》
『ライト』って言う人と同じようニなっちゃウカもねェ―――と。
人でなくなる、化物に変えられてしまう。
「お前…!」
それを、ライトさんを化物にしたであろうお前が言うのか。
《これは事実。嘘なんてない、本当のことだから。アタチという『泥』を取り込んだ時点で、この子に選択肢はないのサ》
アラタは壁を無造作に殴った。
歯を食い縛る。そして彼の怒りに染まった眼差しは、ゼノビアの顔を借りる元凶たる少女へと向けられている。
「……くそっ」
「アカツキ、さん…」
このまま連れ帰ればいい、ただそれだけだと思っていた。
だが、それは出来ない。
「……悪い、スタープライドさん。予定変更だ」
日頃より言ってきた。
探索者の覚悟とは、仲間が、家族の死さえも厭わない事。
受け入れないといけない、それが探索者なのだから。
ガルフのおっさん達が死んだと言われても、一度は心を押し殺せた。
それは、ゼノビアだけでも無事ならばと、そう思っていたから。
しかし、そうでないのなら。
彼女まで失ってしまうと言うのなら。
「やってやるよ」
《へェ、マジで?》
「ああ、マジだ」
ここで諦めて何の為に来たと言うのか。
アラタは決意し、その表情は険しい。
「お前の望み通りにしてやる」
勝てる勝てないではなかった。
救う手立てがあるのなら、それを行う。ただそれだけだ。
アラタ自身が、誰よりも今この現実を許容出来ていないというだけの話なのだ。
※2
古代遺跡の奥底、長い通路を抜けた先に広がるのは入口のエントランスルームとは比べ物にならない程の広い空間であった。
四方が全て同じ材質の壁と限りなく高い天井も含めて目立った劣化もなく、過去から変わらずその強度が健在である事を示しているかのようだ。
余りにも何もない空間だったが、その一番奥には簡素なデザインの台座がある。
そこに突き立てられている一本の剣からは異様な存在感を放たれている。
そして、その台座の傍に座っている一人の少女。
ボロの布切れを外套として纏い、手足には黒いタトゥーが刻まれた。
無造作に伸ばした白髪が地面に大きく広がっている。
どこかボケっとした顔をしていたが、正面の入口から現れた侵入者に気付くと、少女は笑った。
《やアやア!新しいお客様いらっシャーい!迷わずヨクこれたネェ。歓迎するヨ☆》
ノイズ混じりの声が室内に響き渡り、反響する。
だが、それに対して侵入者―――アラタ・アカツキの答えは左手に握る一丁の銃だった。
スタープライド製小型銃の銃口が、少女を正面に捉える。
《……アレ?話す気なし?言葉は不要かって奴ゥ?》
「案内したのはお前だろうが……これ以上無駄話はなしだ」
《……へェ、何言ってルカ分かンないんだけどさぁ…アタチ達ってドコカで会ったっケ?》
「惚けるならそれでいいさ。ここでお前を倒せば、それで終わるだけだからな」
《…なーんか、会話噛み合わなインだけド……まアいっか!》
少女は考え込む様に首を傾げた後、すぐにその思考を放棄する。
ややこしい事はこの際なしだ。相手がその気ならそれに付き合ってあげよう。
今はどうしても、不完全燃焼でたまらない。この物足りなさを満たしたい。
《君も強そうだネ。あの子も強くて楽しかッタけど折れチャった後は見てられなかったからナァ……次はそうならないようにもっとタノシマセ―――》
少女は笑う、楽し気に。そして相手を見下ろして、また嗤う。
その強さを認めようと、所詮は人間であるという根底があるからこそ、その余裕は、その慢心は崩れない。
生半可な小細工でもどうしようもない。その全てを突破し、蹂躙する圧倒的な力の差を見せつけるのが少女の戦いだった故に。
故に、もし。
今回に限ってその例外があったとしたら。
所詮は戯言と切り捨て、ただただその殺意を向けてくる相手が
自分自身に迫る程の人間だったら?
《―――――――ん?》
すれ違うように風が吹いた。
自身の身体を突き抜けるような、一陣の風。
《アレ?》
少女はまた力を加減していた。
ゼノビアを相手取る程度の力加減を自然と行っていた。
彼女を人間の中でも上澄みの戦士、その基準であると考えた為に。
それは間違いではない。ただ。
「光剣」
彼相手ではそれは悪手である。
《―――やっば》
自身の背後、距離を開けた位置で煌めく光の刀身が少女の視界に映った。
しかしおかしい、彼女は振り向いちゃいない。なのに何故それが視界に入っている。
あ、そうか…と少女は理解した。
斬られている。
擦れ違いざまに横一文字に身体が両断されて、上半身が斬り飛ばされたから、後ろが見えたのだ。
「さっさと死んでくれ」
油断しない、しかし警戒の為に動きを緩めない。
すぐに倒す。是が非でも倒す。速攻で倒す。
アラタ・アカツキは初動から全力で殺しに掛かった。
そんな彼に少女は、反応が出来ていなかった。
《―――アッハハハハハハハハ!!!》
斬られた少女は、歓喜。
心の底から、笑いも抑えきれない衝動。
(一瞬、一瞬だった!何アノ動き!ホントに人間!?ゼノビア以上!やっば!やっば!やっばぁああああ♡)
斬り飛ばされた上半身、その断面から黒い液体が勢いよく溢れ出す。
それは一瞬で形を作り、固形化され、その材質が少女の身体そのものに変質していく。
だが、ただ作り直しただけではなかった。
太腿の付け根から下にかけて、銀色の甲殻が纏われる。
両足からは獣の如く鋭く巨大なかぎ爪が3本生え、脹脛に当たる部分に鋭利な先端が幾つも伸びている。
(思わズ出しチャウなんて、そんなツモリ、全然なかったのにィ♡)
思わず纏ってしまった。思わず出してしまった。
彼に失礼だから、素のままでは彼に不相応だから。
あの速度が最大速力だとしても、自分自身と引けをとらないものであるのだから。
《~~~~!!!!》
空中で斬り飛ばされた勢いをそのままに身体は宙を舞っている。
少女は頬を赤らめ、恍惚とし、声にならない声を出している。
始まりは未だ間もない。一合もしてないのに、されどその本気の一撃で。
少女は認めた。認識を改めた。価値観を覆された。
分かってしまった。この一瞬でその男の強さを。
無遠慮にぶつけられる怒り、憎しみ。その全てを力へと変えてくる姿を見てしまった。
全てが凝縮されたその一撃で、少女の情緒が簡単に破壊された。
《―――『ルーシェ』!アタチは『甲獣のルーシェ』!!》
吹き飛ばされた勢いを使い少女―――ルーシェは跳んだ。
すれ違いざまにこちらを斬り裂き背を向けるアラタへと、そのまま突っ込んだ。
アラタは振り向き様に剣を横に振る。
爪先で切り裂かんとしたルーシェの蹴りとぶつかり合い、すれ違い様に火花を散らす。金属音が響き渡る。
《好きナ相手は、強イ奴!》
ルーシェは振り向き、間髪入れずに地面を蹴る。
アラタもそれに合わせるように、同じく地面を蹴る。
剣と、足のかぎ爪が再びぶつかり合う。
同じ速度の、まったく同じタイミングの一撃だった。
そしてルーシェは。
《奪われチャッタ!アタチの心、その存在ニ!!》
これに対してアラタは。
「―――ふざけるなよ。お前の享楽に、付き合ってられるか……!!!」
その怒りをより激しく燃やした。
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