第2話・要塞都市ニヒトにて
※1
晴天の下で照らされる街並みと、それを囲う40メートルは超えるであろう壁。
この街の中央に最も高く、そびえ立つ巨城がこの世界の中心だ。
そして巨城を基点として都市全体を覆う無色の膜、霧を妨げるエーテル障壁。
要塞都市ニヒト。
領王レーベン・ニヒトが治めるこの都市こそが人類の生存圏の1つ。
霧の領域と、霊魔の脅威から人類を守る鳥籠の世界である。
※2
ゾルダード探索者ギルド。
城塞都市ニヒトにて探索者の活動を斡旋・支援する為に設立された組織。
その目的はただ1つ、人類の生存。
その為に必要なエネルギー「エーテル」を確保する為に霧の領域への遠征を行う。
探索者は霊魔の掃討、エーテルリソースの探索など、主な役割はその2つだ。
アラタとて幾つもの任務をこなしてきた。
霊魔の殲滅ないし、エーテルリソースの確保。
単独でこれらをこなす実力を持つ探索者の中でも上澄みの存在。
ゾルダード探索者ギルドでは、上位探索者として括られる1人である。
アラタはギルド本部の扉を開け放つ。
内部には受付カウンターを中央に、依頼掲示用の電子ボードと談話席のある空間は、多くの探索者やその関係者で賑わっていた。
周囲には一瞥せずに、受付カウンターへと早足で向かう。
受付カウンターにいる1人の女性が柔和な笑みを浮かべて佇んでいる。
フィーナ・トロイ。探索者ギルドの顔と言える受付嬢の1人。
「お急ぎでございますか?アラタ・アカツキ様」
「フィーナ、依頼の件についてだ」
アラタは急かすような口振りで続けた。
「…ああ、なるほど。受諾申請を出された依頼ですね」
それに対し、淡々とした様子でフィーナは手元の依頼確認用の端末を操作し始めた。
アラタはその対応の1つ1つに、思わず眉を顰めてしまう。
いや、彼女のその態度も分かり切っていた事だ。
「城門で壁外へ向かう事を止められた。衛兵からは、ギルドより俺が通る場合は引き止めろと」
「はい。確かに、その様な伝達は回させて頂きました」
「どういうつもりだ」
苛立ちを隠さない口調、威圧するかの如く睨みをつけるアラタの視線に動じる様子もない。
「あなた様が感情的になって動く可能性があったからです…案の定と言える状態のようで」
「端末からの連絡でギルドまで来るように言われたからだ。今は時間が惜しい時なのにな」
「ならば尚更でございます。今少し落ち着かれたら如何でしょう?」
フィーナの落ち着いた無機質な声色。
端末の操作を止め、端末画面に映し出された内容を確認した後、受付嬢はアラタへと視線を向ける。
「連絡が途絶え、既に3日が経っております。長距離通信用端末の反応も消失している今、彼等との連絡手段がない為に断定は出来ませんが」
「無茶をして二次被害になる恐れがあると?」
「御理解されてるのでしたら、お分かりでしょう?こちらとて、優秀な探索者パーティーを見捨てるという選択肢はございませんので」
あくまで冷静に、一つ一つの言葉をはっきりと伝えるように、彼女の言葉はアラタを制する。
「ギルド側としましては、アラタ様の任務遂行能力において何の不安もございません。しかし、それでも言わせて頂きますと今回は生存確認を含めた遠征依頼です。万が一負傷しているかもしれない探索者が複数いた場合、あなた様1人でどうにか出来るとお思いですか?」
「っ…それは」
言葉が詰まった。
そんな事も考えていなかった為に、アラタに言い返せる筈がなかった。
「誰もが簡単に分かる様な、そのような懸念点も思い付かぬのです、冷静さを欠いてはなりませんよ。わたくしどもが焦った所で何もならないのですから」
「……すまない」
感情の機敏を感じさせない様で、しかし気遣われている事は分かる。
アラタは素直に頭を下げた。
「よろしい。では、今回の遠征依頼についての説明を行いますので、談話席の方へ向かいましょうか。受付の前で長話も他業務の邪魔となりますので」
「ああ。分かった」
気を取り直さんとばかりに彼を案内し談話席の一角へと向かう合う形で2人は座った。
「では……依頼内容はアラタ様が確認された通りで間違いございません。しかし先程も言った通り、今回アラタ様に関しては単独で動かれる探索者です。救助を見据え、人数を揃える必要がございます」
「確かに……この話をするという事はすでに準備していた?」
「受諾された時点で選出作業が行われておりましたので……メンバーとなる探索者に関してはギルドより指名要請として依頼を送っております」
やり取りの中で事の周到さが分かる。
何が必要か、何が優先かをフィーナは理解していた。
「…フィーナ、どうして俺からの申請は受諾された?」
ふと、幾らか落ち着いた中で、アラタは己の中で浮かんだ疑問を口に出した。
わざわざ臨時のパーティーの為にメンバーとなる探索者を選出し、指名要請を出す?
効率、確実性を求めるなら上位探索者の複数人パーティーにでもお願いするべきだ。
受諾申請も全くなかった訳ではない筈である。
「ここに来て、今更そのような事を尋ねられるのですね……ふふ、冷静になった途端、違和感の諸々を感じました?」
フィーナは口元を隠すように手を当て、笑う素振りを見せた。
人をからかっているのか本気でおかしかったのかは分からない。
笑みを零した後、口元に当てていた手を直し、姿勢を正す。
「あなた様と件の探索者パーティーとは交友がある事は存じております。故の焦り、だという事も」
「………ああ、そうだ。焦るさ、当然だ」
考え込むように俯くがすぐに顔を上げる。
「…ゼノビアは、ガルフのおっさんは俺の家族だ。俺の…だから、じっとなんてしてられるか」
ゼノビアの事、彼女の叔父でありパーティーのリーダーであるガルフの事も、彼とは知る仲だ。
家族のように一緒に過ごしてきた頃の思い出だって、しっかりと己の仲に残っている。
「そうですね。だからこそ、わたくしはあなた様の意を汲ませて頂きました…大事ですもの、何よりも、それが家族でしたら」
そう話すフィーナの声は優しげなものだった。
※3
探索者ギルドより出たアラタはフィーナの指示に従い、北門へと向かった。
先程は断られたが、現在は既に許可が降りているらしい。
北門を出てすぐの地点で例の指名要請を受けた探索者が待っている。
―――サポート能力に秀でた探索者です。実績はまだ上げておりませんが、アラタ様の足を引っ張るような事はないかと思います。
フィーナが言うのなら問題はないと思うが、実績を上げていないと言うのなら、まだそこまでの経験がない探索者か。
「正直、どんな相手か想像出来ないけど…会ってみれば分かるか」
1人呟きつつ、目的の門へと到着した。
北門の衛兵に確認を取り、今度こそ壁外へと出る事が出来る。
門は開かれ、その先には外の光景が広がる。
変わり映えしない平原、天気もいい為に、とてものどかな場所のように思える。
エーテル障壁の範囲内には霧がない。
しかし、障壁との境目から先は文字通り霧が全てを包み隠す、霧の領域と呼ばれる危険地帯だ。
障壁を超え、霧へと踏み入る者は探索者のみ。
己の命を賭す事が出来る者達だけが、外の世界へと向かう事が出来るのだ。
「さてと、壁外に出ればすぐに分かるって事だったけど、どういう意味だ…よ…?」
辺りを見渡そうとしたアラタだったが、すぐにその動きを止めた。
フィーナの言う通りだ。確かに、すぐに分かった。
全長は4メートル、全高は3メートルはあるだろうか。
目の前には車輪のついた鉄の箱?のような巨大な物体が鎮座していたからだ。
余りにも見慣れないシルエット、車輪が付いている為馬車の一種か?とも考えたアラタだったが、馬も見当たらない
いや、そもそも馬が引けるような物にはとてもじゃないが見えなかった。
「……いや、何だこれ」
「待ってました!アラタ・アカツキさん…ですね!?」
見た事もないような謎の物体を前に呆然としていたアラタへ、突然声が掛けられた。
アラタが声のする方へ顔を向ければ、それは目の前の鉄の物体の真上だ。
逆光に照らされた1つの影。
一瞬の眩しさにも徐々に慣れ、その容貌が見えてくる。
「…え、と、君が?」
「はい!サイエンス探索者、グレイ・スタープライドです!どうぞ、よろしく!」
金髪の癖っ毛に鮮やかな色をした碧眼。
150センチほどの小柄の身体を大きく見せるように仁王立ちする童顔の少女。
自己紹介と共に謎にテンションの高いポーズを決めてアラタを出迎えた。
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