廻る恋慕とクソダンジョン

生姜寧也

第1話:詰みたて兄さん

 先月に引き続き、今月も給料を待って欲しいと言われた時点で、こうなるだろうと覚悟していた。していたハズなんだけど……それでも実際にあの二文字を突き付けられると、その場で立ちくらみを起こしそうになった。


「倒産」


 夜勤を終えて、事務所に呼び出され、社長直々に言い渡された事実。憔悴した表情で「手を尽くしたが、申し訳ない」と言われれば、最早こちらからは言葉もなかった。


 今月の給料に関しては社長の身銭ということで、日割り分の現ナマが入った給料袋を渡された。折り目が幾つもついた万札などを見るに、本当に家中から掻き集めたのかも知れない。哀愁に胸が痛んだ。


 そして今。俺は寮に帰る気にもなれず、公園のブランコに乗って空を仰いでいた。ドラマなどの創作物で、こういうシーンは見たことあったけど。まさか自分が失職ブランコすることになるとは。


「清掃植物、か」


 スマホを操作して、ニュースサイトを眺める。今日も件の植物関連のニュースが幾つも配信されていた。ダンジョンで新たに発見された清掃植物。植えているだけで、蔓が伸縮し、埃や食べカス、更には油汚れなども吸い取ってしまうという優れものだ。それでいて人間がゴミと認識していない物は吸い込まないというのだから、至れり尽くせり。


「まあ、その結果、俺みたいな清掃員が社会からあぶれるワケだが」


 この世界に突如として「ダンジョン」なる地下空間が現れて約4年。そこから新たに発見される未知の資源やアイテムに世界中が熱狂し、そして振り回されている。


 これの前は石油と酷似した液体を産出する通称ダンジョン油田。案の定、石油価格は暴落し、関連企業の倒産や、経営不振からの大規模リストラが相次いだ。

 まあダンジョン油田に関しては、新規湧出ポイントが見つからず頭打ちとなった上、枯渇が近いと噂され始めてからは徐々に従来の石油の価値も戻ってきているらしいが。


「清掃植物は頭打たんだろうなぁ」


 幾つかのダンジョンの深階層で見つかったという、それら。なによりの特長がその生命力の強さだ。元々、塵一つ残さず食いつくされたピカピカのダンジョンフロアに自生していたらしいのだが、逆に言うとそんなエサのない環境でも耐えていられるような強い植物をゴミまみれの人間界に放ればどうなるかは自明の理。物凄いスピードで繁茂しているそうで。1年以内に全国の公園からゴミ箱が消えるだろうと言われている。


 俺ら清掃業者のみならず、色んな職業が無くなるだろうな。とか思いながら画面をスクロールしてると、早速、俺もよく知っている清掃機器メーカーの経営危機を伝えるヘッドラインが。


「はあ~」


 気分が滅入るだけだな。俺はスマホをオフにして、ポケットに仕舞いこむ。と、そこで。腹の虫が鳴った。職はなくとも飯は要る。


 仕方ないので駅前へ。牧歌牧歌亭ぼっかぼっかていで一番安いノリ弁を買うと、社員寮に戻った。ここも売り払うらしく、今週中に立ち退いて欲しいとの事だ。まあ家具は殆どが備え付けだし、自分の衣類や小物類だけ持ち出す感じだ。1日もあれば荷造りは終わるだろう。













 7時過ぎ。車で妹を迎えに行く。俺と4つ離れた妹は現在、高校2年生。ウチの会社の近くにある女子高に通っている。それに伴い、朝に迎えに行って、帰りは送っていくという、超お姫様待遇を敢行している。この辺はまあ色々と事情があって……


 っとと。着いたな。築30年以上の年季が入った一軒家。ただ、頑丈な木材でしつらえてあるのか、住んでいた時も家鳴りすら殆ど聞いたことがなかった。


「……おはようございます。兄さん」


 この家に1人で住んでいる妹が、いつもの時間に出てきた。相変わらず肉親の俺でもハッとするような美貌だ。俺も中の上か、上の下くらいの容姿はあると自負するが、彼女はその遥か上。


 切れ長の二重に、高く整った鼻梁。唇も小さくて、最初から紅を塗ったように赤く瑞々しい。それら最高級のパーツが、卵形の綺麗な輪郭の中に、黄金比もかくやという配分で並んでいる。街を歩くと、同性にすらガン見されるレベルだ。


 そんな妹が、助手席に乗り込んでくる。ほんの少しだけつけたフレグランスが俺の鼻をくすぐった。


「……おはよう、菜那ななちゃん」


 新田菜那にったなな。俺の実の妹だ。


「……」


「……」


 挨拶の後、早速会話が途切れる。まあこれ自体はいつものことなんだけど。

 今日に限っては、いつまでも黙っているワケにもいかない。


「……あのさ」


「はい?」


「……」


 言わないワケにはいかない。だけど、彼女の顔を曇らせたくない。また明日でも良いじゃん。そんな甘い先送り願望も芽生えかけるが、それより先に、


「……兄さん? なにか、あったんですか?」


「……」


「もしかして……仕事が?」


 妹に先回りで察知されてしまった。


「な、なんで」


「分かりますよ。だって、そんな無理したような笑顔で」


「そ、そっか」


 見てないようで見てくれてるんだな。


「それに清掃植物の件……もう早晩、清掃関連のお仕事は大変になるって分かってましたから」


 そう、か。まあそうだよな。小学生でも分かる理論だ。カネをかけて清掃専門業者なんて使わずとも、廉価な植物を1株オフィスに置いておけば、半永久的にクリーンに保てるワケだから。


「ごめんね。倒産……らしい」


「謝らないで下さい。兄さんのせいじゃないですから」


「……」


「……いつ、言われたんですか?」


「……今日だね」


「今日……」


「正確にはキミを迎えにくる2時間くらい前かな」


「そんな急な話……」


「……つ、詰みたて兄さん……なんちゃって」


 重苦しい空気を変えたくて、下らないことを言ってしまった。

 菜那ちゃんは何とか笑おうとしてくれたけど、綺麗な顔が引きつっていた。

 

 

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