ゴミ箱で拾った美少女JKと同棲することになった

第1話 ゴミ箱から現れた少女

 「はぁ……疲れたぁ……」


 バイトの帰り道。


 あと五分も歩けば家に着くというところで、俺は人知れずため息をついた。


 現在時刻は午前〇時過ぎ。この時間帯に帰宅することはもはやルーティンになりつつあるが、それでも大学一年生の俺にとっては未だに慣れないところがあった。


 ただ今はとにかく、家に向けて足を進めることだけを考える。


 ……と、ここで、前方にペットボトルのゴミ箱があることに気がついた。


 今歩いているところはちょうど大きなお寺の前で、そのゴミ箱はお寺の入り口の脇にある自販機の横に置かれていた。


 ちょうど右手に空のペットボトルを携えていたので、俺はゴミ箱へ近づきそれを放り込んだ。


 ————その時だった。


 「いたっ……」


 どこからか、女の声が聞こえてきた。


 まさかと思い、俺は今さっきペットボトルを捨てたゴミ箱へ、進めた足を数歩戻す。


 「……気のせいか」


 いくら彼女もいなくて女に飢えているとはいえ、深夜のバイト帰りに女の幻聴を聞いてしまうとは、俺もそろそろ末期なのかもしれない。


 俺はそんな自分に呆れつつ、さっさとその場を後にする。


 ……が、ふとリュックの中にもう一つ空のペットボトルが入っていることを思い出した。家に持って帰ってもゴミとして溜まるだけなので、ここで捨てておくことにしよう。


 俺はリュックから空のペットボトルを取り出し、それを再びさっきのゴミ箱へ放り込んだ。


 すると……。


 「いたっ……!」


 またしても女の声が、さっきよりも大きな音で聞こえてきた。


 そしてその声は、間違いなくゴミ箱の中からだった。


 怖い怖い。いや、マジで怖い。深夜の人気のない寺の前という状況も相まって、怖さも増し増しだ。


 俺は顔をこわばらせずにはいられなかった。


 ……さて、問題はここからだ。


 普通に今の状況を鑑みれば、いち早くここから逃げ出すのが最善策だろう。しかし、俺の中には葛藤があった。確かに逃げ出そうと反射的に体は動いたのだが、その刹那、俺の中にある欲望が神経に働きかけてその動きを止めたのだ。


 ————女の声。


 もしそれが男の声だったら、俺は何も考えることなく逃げていただろう。本当に、男というのは馬鹿な生き物である。


 この場に及んで、美少女との運命的な出会いなどあるわけはなく、むしろあるとしたらホラー的な出会いからの抹殺だろうに。


 それでも俺は僅かな期待を胸にそのゴミ箱へ近づいて行き、ついにその蓋を開けたのだった————。


 開けた瞬間、心臓が止まるかと思った。


 ……いや、もしかしたら本当に一瞬だけでも止まったのかもしれない。それくらいの衝撃だった。


 そこには一人の女————ではなく少女が、リュックを抱えてうずくまっていたのだ。


 驚きのあまり固まる俺を、少女はゴミ箱の中から、これまた驚いたように見上げている。


 そしてその少女は、暗闇の中でもくっきりとわかるくらい、まごうことなき美少女だった。


 「…………」

 「…………」


 お互い無言で十秒間ほど見つめ合った後、俺はたまらず口を開く。


 「……なに、してるんだ?」


 震えた声で尋ねると、少女は数秒の間をおいてから答える。


 「……寝ていました」

 「ゴミ箱の中で?」

 「……はい」

 「えぇ……」


 言葉が出なかった。


 声質や容姿から察するに、少女は確実に俺より年下だ。そうなると、酔っ払いとかそういう類の話ではなくなる。


 しかしながら、どういう思考回路をしていたらゴミ箱の中で眠るなんて奇行に走るのか。やはり少女は幽霊か何かなのだろうか。


 「幽霊……?」

 「失礼な、人間ですよ」

 「本当に?」

 「本当です」


 少女はきっぱりと答えた。


 にしても、未成年の少女が深夜に一人で外にいるというのは、どう考えても不自然だ。


 ここで、俺の頭に一つの考えが浮かぶ。


 「……もしかして、家出とか?」


 尋ねてはみたものの、少女はすぐに答えなかった。いや、答えられなかったという方が正しいだろうか。さすがにデリケートな質問だったのかもしれない。


 とりあえず俺はなんとかして次の言葉を模索した。しかしそうしている間に、少女が先に口を開く。


 「家出……まあ、そんなところです」


 ゴミ箱の中で、少女は極めて薄い笑みを浮かべながらそう言った。


 「そうか……色々大変なんだな」

 「大変ですよ、本当に」


 そう言う少女の表情は、どこか諦めているようにも見えた。


 「……ところで、家出してから何日くらい経つんだ?」


 なんとなく気になったので尋ねてみた。


 「今日が三度目の晩ですね。もう慣れました」

 「でも、寝泊まりするところなんてないんだろ?」

 「寝泊まりは見ての通りゴミ箱です。私、狭いところが好きなので。意外と心地いいんですよ?」


 少女の信じ難い発言に、さすがに俺も顔を引き攣らせる。


 「さ、さいですか……。じゃあ、ご飯は?」

 「一応、家出した時に財布に五千円入っていたので、それでなんとか」

 「五千円だけじゃそろそろ底を突くだろ」

 「そうですね、すでに限界に達しています。なのでこうなったら、体を売ることもやむを得ないと思っています。幸い、スマホは持っていますし」

 「いやいやそれは……」


 少女の口から『体を売る』という言葉が発せられたので、俺は反射的にそれを否定しようとしたが、否定しかけたところで言葉に詰まった。というのも、冷静に考えれば少女がそういう選択を迫られるのも無理はないのだ。なにせ、少女には金も住むところもないのだから。それに、少女はお世辞抜きでかなりの美少女だ。間違いなく需要はあるだろう。したがって、少女が生きながらえるための最も手っ取り早い手段は、『体を売る』ことなのだ。


 ……しかし、目の前で行き場をなくした少女が『体を売る』という選択を迫られている中で、そんな状況を見過ごすことができるだろうか。


 ————俺には到底できなかった。


 「……わかった。とりあえず今日は俺の家に泊まれ。もちろん、俺に体を売れなんて言わない。なんていうか、その……俺もちょうど、退屈していたんだ。たまには話し相手も欲しいんだよ。実は俺、こう見えて友達が少ないことには定評があるんだ」


 自分で言っていて、めちゃくちゃなことをしようとしている自覚はある。でも今は、こうすることしか思いつかないのだからしょうがない。


 「……友達が少ないことを自慢げに言う人、初めて見ました」

 「……ま、まあいいんだなんでも。とにかく、今日は俺の暇つぶしに付き合ってくれ。お前も寝場所が見つかって一石二鳥だろ?」


 どう考えても俺の発言はめちゃくちゃだが、この際言い回しなんかどうでもいい。今はとにかく、目の前の少女が『体を売る』という行為に走らないようにしなければならない。なぜかそういう使命感に駆られていた。


 少女は数秒間考えた後、俺の目を見て言う。


 「……わかりました。お言葉に甘えて、今晩はあなたにお世話になろうと思います」


 そう言う少女の顔は、暗闇なので正確にはわからないが、少しばかり火照っているようにも見えた。


 「よし。ならとりあえず、ゴミ箱から出ようか」

 「は、はい」


 それから少女はゴミ箱からの脱出を試みたが、暗闇も相まってか割と手こずり、しまいにはバランスを崩してゴミ箱ごと横に倒れかけた。


 「す、すいません……!」

 「あ、ああ、大丈夫だ」


 俺がなんとか倒れかけたゴミ箱を手で支えると、少女はずるずるとゴミ箱から体を出していく。どうやら少女はヒラヒラのスカートを履いているようで、今が夜ではなかったらばっちり下着が見えているような体勢になっていた。


 やがて少女が完全にゴミ箱から体を出すと、俺はそこで初めて、少女の全体像を目の当たりにする。


 身長はおそらく150センチ台中盤くらいで、顔はとても小さかった。髪はゴミ箱に入っていたからか若干ボサついている。


 少女のその姿は、まるでおもちゃ箱の奥底で眠っていた人形のようだった。


 「じゃあ、帰るか」

 「はい……!」


 俺の言葉に、少女は今日一番の笑顔で応えた。


 こうして、俺はゴミ箱から現れた少女を家に上げることになったのだった。




読んでいただきありがとうございます!

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すでに完結まで書いている作品ですので引き続き安心してお楽しみください♪

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