第13話:蚕と買い物

「イチロウ、この子たちが巨樹の葉を食べたいと言ってきた。

 代わりに糸を吐くと言っている、何とかならないか?」


 ヴァルタルが地下の鍛冶場を完成させてから10日ほどして、家事精霊の代表が言ってきた。

 

 彼女の下には、全長3メートルほどの巨大なイモムシがいる、これが蚕なのか?

 それとも、糸を吐くならミノムシの類か?

 

 ちょっと信じられないが、家事精霊の言葉の後で頭を下げている。

 イモムシとは思えない知性があるようだ。


「こんな大きなイモムシが葉っぱを食べたら、太郎樹たちが枯れてしまう」


「いや、エンシェントトレントが枯れる事などない。

 少々葉っぱを食べられたくらい、何も感じない」


 そうか、ここに生えている巨木はエンシェントトレントだったのか。

 そうだよな、そうでなければ宇迦之御魂神からもらったギフトでも、あんなに非常識な事はできないよな。


「ここにいるイモムシだけなのか?

 家事精霊、お前たちのように200人も300人も来たりしないな?

 今家事精霊は何人いるんだ?」


 俺がそう言うと家事精霊とイモムシが話を始めた。

 いや、声が出ていないから念話と言った方が良いだろう。

 よく考えたら、俺、何の疑問もなく異世界の言葉を使っていた!


「最大で500匹までにするそうです。

 エンシェントトレントなら、1人で1000匹くらい平気で養えますが、1人5匹までにすると言っています」


 さすが巨樹だ、1人で1000匹の超巨大イモムシを養えるんだ。

 だが、だからといって、1000匹も許可しない。


「そうか、巨樹1人に5匹までなら許す。

 それで、吐く糸は役に立つのか?」


「もの凄く役に立ちます、超高級の絹織物になります。

 人間の国に持って行ったら、服1着分で金貨100枚になります」


 金貨100枚は大金だと思うのだが、比較のしようがない。

 江戸時代の1両金貨が10万円という説があったが、いいかげんなものだ。

 物価も人件費も違うのだ、比較のしようがない。


 この世界でも同じだ、お金の価値は比較のしようがない。

 主食になる穀物の値段で決めるのか、贅沢品の値段で決めるのかでも違ってくる。


「そうか、だが、売りに行けないから金貨100枚分なんて意味はない。

 良い品なら皆よろこんでくれるだろう、ここに住む住民全ての服を作ってくれ」


 俺は一応ここのリーダーになっている。

 聖女ジャンヌと金猿獣人族は違うが、家事精霊とヴァルタルがここに来たのは、俺が造る酒が原因だ。


 その酒を造れるのが俺だけだからそうなった。

 柄ではないが、しかたがないと受け入れた。


 まだ幼い聖女ジャンヌと金猿獣人族たちが安心して暮らせるように、この世界の人並みの暮らしができるように、家事精霊とヴァルタルを引き留め続ける。


「いえ、必要ならいつでも人間の国に売りに行きます。

 必要な物があるなら、その代価で買ってきます」


 膝から崩れ落ちそうになった!

 できないと思っていた事が、簡単にできると分かった。


 確かにそうだ、聖女ジャンヌもサ・リも妖精の事を知っていた。

 数は少ないが、妖精は人間の国に現れるのだ。

 

「妖精はいたずらばかりするから人間に嫌われているのではないか?」


「嫌われている連中もいますが、私たち家事精霊は好かれています。

 農業精霊なども好かれています。

 家主と良い関係の精霊は、家主に買い物を頼めます」


「そうか、だったらその妖精たちに買い物を頼んでくれ。

 ここで暮らすのに不足している物を全部買ってくれ。

 特に薬を最優先で買ってくれ。

 代金はレプラコーンが置いて行った金貨を使ってくれ」


「待ってください、薬は必要ありません。

 聖女の私がいるのです、薬など不要です」


 黙ってモモワインを飲んでいたジャンヌが口出ししてきた。

 聖女なのは間違いなんだろうが、戦神の聖女だろう?

 もう俺の心の中では、猛者戦士ジャンヌだぞ。


「ジャンヌは戦に特化した聖女じゃないのか?」


「違います、戦いが得意なのは否定しませんが、癒しの奇跡も起こせます。

 毎日浄化の魔術で飲み水を作っているでしょう?!」


 確かにその通りだった、飲み水はジャンヌの世話になっている。

 だが、うれしそうに魔獣を狩るジャンヌを見ていると、つい戦い専門の聖女だと思ってしまう。


「そうか、すまん、忘れてしまっていた。

 だが、ジャンヌにだけに頼っている訳にはいかない。

 ジャンヌが狩りに行っている時にけが人が出てもいけない」


「そんな事はないと思いますが、癒しの奇跡が通用しない呪いもあります。

 呪いを解くための材料には薬草もあります。

 分かりました、買って来てもらいましょう」


「あの、申し訳ありませんが、もう薬は作っています。

 私たちは家事精霊ですから、家庭の常備薬は普通に作ります」


「……そうか、すまん、何も知らなかった。

 改めて聞くが、人間の国で買わないといけないモノはあるか?」


「必要な物、必要な物、必要な物……

 お酒と食べる物は、人間の国では絶対に手に入らない美味しいものがあります。

 服の材料も、人間の国では絶対に手に入らない特別な物です。

 ただ、明かりに使う油がありません。

 私たちは夜でも見えるのでいいのですが、イチロウは見えないですよね?」


 家事精霊の言う通りだった。

 大魔境の夜は真っ暗で何も見えなくなる。

 巨樹たちの枝葉が上をおおっているので、月明かりも届かない。


「心配してくれてありがとう。

 でもだいじょうぶだ、夜明けとともに起きて日没とともに眠るから」


 とは言ったものの、夜は長い。

 転生前には5時間くらいしか寝ていなかった。

 夜でも動けるように、明かりを確保すべきだな

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